わたしは最近、やはり、ものの考え方が変わってきたと思う。
ここ 数年、資格がないなら音楽療法は要らないと感じて居たので、やらなかったが、自分がもう精神的に大人になってきた時、数年間やってきた意味が必ず有ると思い、何人かの対象者を選びやってきた。主に、自己愛の尊重、発散を通してやって来たが、対象者のご家族が好きだった歌や、ダンスしても良いですよといって対象者の自由さを尊重している。
音楽療法は、対象者のてんぽに合わせてやる。むやみに誇示してやってはならない。それは、例えクラシックでさえも相手のことを考えて、そして情動の発散などを含めて考える。私はピアノを使うが、対象者のもつ感情似合わて、しかもちゃんと弾かなきゃいけないなと思う。見抜く人は見抜く。だから、日々少しでも触って置いた方がよい。
私は親友に、私は音楽だよと言われ、また祖父の遺書の中にピアノを触るようにと書いてあったので、そこまで良いなら何か良い影響があるのかもしれないと思いずっとピアノは弾いてきた。学歴も無い私がどこまで出来るか。学歴に拘る人にどんなコンプレックスがあるのか。そこまでちがうなら、大学や高校なんて総てなくなってしまえばよい。
大事なのは、思いやり。そこから私の音楽は、始まる。