この所、考えすぎて泣く事が増えた

一回、大失恋をしている私はこれ以上二の舞は繰り返したくないという想いが強い。
人の言うことを実行していると、たまにとんでもない事になる。それも、良くない結果となる。
泣きたい時、思いっきり泣ける場所が出来ると良いと思ってる。

時間は刻々と迫ってくる。
泣いたって何も変わるわけじゃないよねって宇多田ヒカルが言っていたけど、誰だってそんなつもりで泣くんじゃないよね。

今、ホメオパシー相談会に通っているけど、ここ数カ月私の本当の姿が出て来た部分があった。
まず、あんまり食べない時期があった事。そして、無私無欲になった事。
体重がくるくる変わってしまう。可愛い服が着たい。

私は大人になりたくない。洋服も、可愛いのを着ていたいし好きな事だけしかやりたくない。好きな人と付き合いたいし、好きじゃない人となんて付き合えない。自分の将来も自分で決める。この世にルールは無い。マインドも自由だし、肉体も自由。病気になったって、その病気になった事を有り難いと思うか、苦しみにまみれてしまうかは本人の心持ち一つで変わる。そんな事、小さい時から知っているのに、誰が大人で誰が子どもなんて決めつけたのだろう。青春とは、ずっと子どもで居る事。大人とは、責任を取ること。その狭間で私達は生きている。権力者が偉いわけではない。初心を忘れず、私達に大事な事は、大学や専門学校で学んだことじゃない。小学生で学ぶようなこと。例えば、思いやりを持つとか、礼儀とかそういうこと。

上べっつらの美しさには興味がない。人間の本質は、ドロドロしたものの中に隠れている。

最近、人間として自分の気持ちをしっかり伝えるようになった。どうしても引きこもりガチな私を誰かが変えてくれるのだろうと思う。それは、好きな人なのかもしれない。

彼が私を好きなのかは、判りづらい。なんでかは解らないが、たまに雰囲気や空気、そして自分に降り注いでくる何かを通して〔それがたまに音楽だったりするのだけど〕学ぶことが多い。私は彼の事がよく解らないのだけど、彼は私の事を多分色々理解してくれているんだと思う。部屋でカップラーメンも食べて居て、「食べてません!」と言い張ったが、彼にはお見通しなのだと思う。洞察力も鋭いし、また私とは違った角度から見ているから。
硝子に名前を書いていたのが私かどうか見破ったかは分からないが、金魚のフンみたいにたまにつきまとっていた私は彼にとってどの様な存在なのだろうか?
幸せとは何なのだろうか。私は出来る限り家族の力や友達の力も借りようと思う。親友はもの凄い長く好きな人が居るらしいし、私は自信無いけど一緒に居たいから頑張るよ。
私は命をかける。何かを失う事を、恐れないで。