旅のものがたり
【第149回】
「2度の光明」
遠く離れた2つの島国があり、一方は強い国に支配されていましたが、もう一方は独立していました。
小さい方の島国の青年は争いは好みませんでしたが、独立した国に憧れを持っていました。
しかしその後、大きい方の島国は強い国に支配されないように強い力を求め、積極的に領土を拡げるようになりました。
それは、強い国が行ったのと同じことでした。
そうなると強い国は黙っていません。激しい戦いが起こり、ついに島国は負けて罰を受けることになりました。
その罰を決める会議に、立派な政治家となったかつての青年の姿があり、強い国が島国の権利を奪おうとする中、男性は立ち上がって演説を始めました。
「独立を望んだ私たちが、この国を見習いたいと願ったことを忘れてはいけません。私はこの国の自由を奪うことには賛成できません。
そして今、私たちは偉大なる師の言葉を思い出すべきです。憎悪は憎悪によって止まず、慈愛のみによって止むのです。」
そして自分の国は、何の補償も求めないと述べました。
この演説は多くの国の賛同を得て、おかげで島国は自由を失わずに済んだのでした。
仏陀の言葉を引用し、日本を救ってくれた、ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏。
スリランカの初代大統領を務めたこの人物は、敗戦国だった日本に再び光を与え、国際社会に復帰させてくれた恩人と言えます。
また、彼が与えてくれた光がもうひとつあります。
90歳でこの世を去るにあたり、彼は自分の角膜を提供するという遺言を残しました。
「ひとつはスリランカ人に、もうひとつは日本人に。」
その遺言は実行され、一人の日本人が光を取り戻したのでした。
日本はスリランカに対して数々の支援を行い、互いの津波被害に対する援助なども通じて、長く両国は交流してきました。
その根底には、故ジャヤワルダナ氏の慈愛に満ちた言葉と、もたらしてくれた光があったのです。
長く内戦に悩まされたスリランカも、現在は全土が平和になっています。
街では陸軍が掃除をし、海では海軍がホエールウォッチングに連れて行ってくれます。
スリランカと日本は、今年国交樹立60周年を迎えます。
この節目にかの国を訪れ、日本との関わりを見つめなおしてみてはいかがでしょうか。
▼もうちょっと知りたい!という人はどうぞ↓
ジャヤワルダナという言葉は、スリランカの言葉で「勝利をもたらす」という意味です。
現在スリランカの首都はスリジャヤワルダナプラコッテという街ですが、分解すると次のような意味を持ちます。
スリ(輝ける)ジャヤワルダナ(勝利をもたらす)プラ(街)コッテ(元の名前)。
その前はコロンボが首都だったのですが、ジャヤワルダナ氏が1983年にコッテに遷都し、こうした名前をつけました。
ただ、実際には国会議事堂しかなく、スリランカ人は相変わらずコッテと呼ぶようです。
▼オマケの話
ジャヤワルダナ氏は日本に来て新幹線に乗った際に、JRという名が自分のファーストネームのイニシャルと同じだと喜んで、グリーン車で往復したというエピソードがあります。
▼編集後記
コッテは車で通りました。湖に国会議事堂があるばかりで何もない場所でしたが、何やら工事を行っていました。
また、昨年出来たスリランカで初めての高速道路も通りました。
日本の資金援助と技術支援で出来たせいか、日本の高速道路を走っているようでした。
現在コロンボからゴールの区間が開通していますが、空港のあるネゴンボまで伸ばす工事を続けているそうです。
年内の完成を目指しているそうですが、完成すれば夜空港に着いて一気にゴールまで行くことが容易になります(ゴールはホエールウォッチンングの拠点にもなる場所です)。
あとは、シギリヤロックなどがある島の中心部へのアクセスが向上するといいのですが、構想はあるもののこちらはまだ時間がかかりそうです。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
それでは、来週の旅のものがたりをお楽しみに!
(裏)9月8日(土)、9日(日)に代々木公園でスリランカ・フェスティバルという催しがあり、現在企画を準備中です。
「旅のものがたり」
発行者:株式会社いい旅
執筆:黒崎 康弘
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