メールマガジンは続けていたものの、このブログの更新をずっと怠っていました。

でも、今回あるきっかけで反省しましたので、掲載していなかったものをどんどん
載せていきます。一気に50回分くらい上げますので行間が詰まったままですが、
その点はご容赦ください。                2011年10月21日 黒崎



【第66回】

          「二人の三蔵法師」

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昔、一人のお坊さんが、仏教の経典を求めて天竺(てんじく)へ旅立ちました。

経典にはお釈迦様の大切な教えが書かれており、その教えを深く理解し、
広く人々に紹介したいと考えたのです。

当時の旅行は命がけです。お坊さんはお経を唱えながら、高い山を越え深い
谷を越え、熱い砂漠を渡って、何年もかかってたくさんの経典を持ち帰り
ました。

そして、残りの人生をその翻訳に注いだので、その功績を称えて、「三蔵」
(さんぞう)と呼ばれるようになりました。


少し後の時代に、別のお坊さんも天竺へ旅立ちました。

この頃は、陸路の方がかえって危険だったため、往復とも船に乗って海を渡り、
たくさんの経典を国へ持ち帰りました。

そして、残りの人生をその翻訳に注いだので、その功績を称えて、こちらも
「三蔵」と呼ばれるようになりました。


三蔵というのは、大きな働きをしたお坊さんにだけ授けられる称号でした。


先の三蔵が訳した経典を保存するために、皇帝は高い塔を建ててくれました。

後の三蔵が訳した経典を保存するためにも、皇帝は高い塔を建ててくれました。


2つの塔は同じ都市に建っていますが、一方は有名であるのに、もう一方は
あまり知られていません。

ともに、中国陝西省(せんせいしょう)の西安(せいあん)にあり、先の三蔵
こと玄奘(げんじょう)の塔は、大雁塔(だいがんとう)。

後の三蔵こと、義浄(ぎじょう)の塔は、小雁塔(しょうがんとう)と名づ
けられました。

大雁塔の方が大きく、壊れたところもきれいに修復され、お寺も立派である
のに対して、小雁塔の方は十分な修復もなされず、少し壊れた状態で静かに
佇んでいます。

小雁塔を訪れる人は少ないようですが、多くの経典が保存された点は同様で、
観光客が少ないため、大雁塔とは異なる静かな雰囲気を満喫できるといわれます。

西安を訪れた際には、玄奘三蔵の偉業とともに、もうひとりの三蔵にも想い
をめぐらせてみてはいかがでしょうか。


▼もうちょっと知りたい!という方はどうぞ。↓

※天竺こと、インドの仏塔を模して建てられた大雁塔は、1300年の歴史
を持ちます。

高さは64m。648年に唐の皇帝、高宗が玄奘の願いを受けて建てました。
玄奘は自ら材料を運んで工事を手伝い、完成した後には経典の翻訳に力を尽く
したといいます。

もとは5層で、後に10層に改築され、その後戦火で上の3層が失われました。
現在は壊れた部分が修復された7層で、西安のシンボルとなっており、上まで
登ることができます。

※小雁塔の高さは43m。707年頃に建てられ、もとは13層あったそう
ですが、上の2層が壊れてしまい現在は11層で、破損部分は満足に修復され
ていません。

見た目は大雁塔と似ていますが、丸みを帯びた外観は少々女性的で、記録に
よれば地震で2つに裂けてしまったのに、別の地震でまたくっついたそうです。

※義浄(671-695)の旅は海路でしたので、もしかすると行程は玄奘に
比べれば容易だったかもしれません。

ただ、船に乗り込む際に同行者が怖気づいたためにたった一人で旅立っている
ことからも、当時の国際行路に乗り込む危険の大きさが知れます。

37歳で旅立って年数は25年間に及び、訪れた国は30を越えるといいます。

義浄は玄奘をとても尊敬しており、自分も天竺に行きたいと強く願ったそうです。


▼オマケの話

※日本人にもたった一人、三蔵法師と呼ばれた人がいました。

名を霊仙(りょうせん)といい、遣唐使で唐に渡った僧の一人で、生まれは
近江(滋賀)とも阿波(徳島)とも言われますが、残念ながらついに日本に
戻ることはありませんでした。

その後唐に渡った円仁(えんにん)が、その最後の様子を聞き、霊仙三蔵
の遺品を日本に持ち帰ったといいます。

滋賀県には霊仙の名前をつけられた、霊仙山(りょうぜんさん)(標高10
94m)があります。



▼これであなたも物知り博士?

「西遊記に出てくる、三蔵法師と共に旅をする弟子は何人?」

A.3人
B.4人
C.5人




答え: 4人

猿の妖怪・孫悟空(そん ごくう)、豚の妖怪・猪八戒(ちょ はっかい)、
河童の妖怪・沙悟浄(さ ごじょう) 、それから龍が馬に姿を変えた、玉龍
(ぎょくりゅう)です。
 
西遊記は、玄奘の旅をモデルにつくられた架空の物語ですが、今日に至るまで
原作者は不明なのだそうです。


▼ものがたりに学ぶ、今週の教訓

「広く知られた偉業の陰にも、大きな功績のあることがある。」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「ニ人の三蔵法師」という題でしたが、3人紹介してしまいました。

★次回 旅のものがたり

「愚か者に小判」(仮)


それでは、次回の「旅のものがたり」をお楽しみに!

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「旅のものがたり」  

発行者:株式会社いい旅
執筆 :黒崎 康弘
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