メールマガジンは続けていたものの、このブログの更新をずっと怠っていました。

でも、今回あるきっかけで反省しましたので、掲載していなかったものをどんどん
載せていきます。一気に50回分くらい上げますので行間が詰まったままですが、
その点はご容赦ください。



【第64回】



「仏の顔は3度まで」



むかし、立派な木がたくさん生えた場所に、ある一族の国がありました。

その一族は頭がよく、いろいろな才能がありましたが、少々自尊心が強く、
思い上がったところがありました。

また、隣には大きな国がありました。

こちらの一族はとても力が強く、強力な軍を持っていました。


ある時、力の強い国の王様が頭の良い国に、身分の高い女性を妃に差し出せ
と言いました。もし断れば力ずくでも奪うという、強引な申し出です。

当時このあたりでは身分が細かく分かれ、絶対のものでした。


頭の良い国は、戦って勝てる相手ではないと分かっていましたが、言われる
ままにするのはしゃくだったため、嘘をつきます。

偽って、身分の低い女性を差し出したのです。

そうとは知らぬ強い国の王様は、女性を連れ帰って妃にし、王子が生まれ
ました。

王様も王子も秘密を知ることなく、しばらくの間2つの国はそれなりに仲良
くしていました。

しかし、王子が8歳になった時、秘密が漏れてしまいます。

王子が頭の良い国に留学し、様々な勉強や修行を行って帰国しました。

すると頭の良い国の人々は穢れを取り除くと言い、王子が座っていた席の
下を深く掘り起こし、その下の土まですっかり入れ替えたのです。

このことが王子の耳に入り、王子は激怒します。

そして後年、自分が王位につくと、軍隊を率いてその国に向かいました。

生まれながらの穢れという、拭いようのない汚名を晴らすために、その一族
を滅ぼしてしまうことにしたのです。

頭の良い一族は、釈迦(しゃか)族と言い、仏教の祖であるお釈迦様の生ま
れた国でした。

強大な国が自分の生まれた国を滅ぼそうとしていると知ったお釈迦様は、
何とか止めようとします。

太陽が照りつける暑い日、若き王を先頭にコーサラ国の軍が進んでいくと、
軍を遮るように、お釈迦様が枯れた木の下に座っているのに気づきました。

王は声をかけます。

「枯れた木の下は暑いでしょう。葉の茂った木の下へ移られてはいかがです。」

するとお釈迦様は答えます。

「王よ。たとえ枯れた木でも、親族の木陰は涼しいものですよ。」

このやりとりの後、王は軍を連れて引き返します。

お釈迦様が下に座っていた木は、釈迦族の国に多く生える木で、若き王と
釈迦族との血縁を訴えて思いとどまらせたのでした。

また、進軍の際に僧に出会ったら引き返すべきであるという言い伝えもあ
ったため、王は従ったのでした。

しかし王の気は済まず、その後も軍を出し、同じことが3度ありました。

そして4度目に王が軍を出すと、木の下にお釈迦様の姿はありませんでした。

王は軍を進め、釈迦族の国を滅ぼしてしまいます。


お釈迦様には、始めからこの結末が分かっていたのかもしれません。

しかし、悟りを開いたお釈迦様といえど、自分の生まれた国が滅ぼされる
のを黙って見ていることは出来ず、何度かは止めようとしたのでしょう。

それでも王が治まらないのを目にし、しまいには因果応報の理(ことわり)
から逃れられないことを悟ったのでしょう。

その後、釈迦族を滅ぼした王も、事故で亡くなってしまったといいます。

もしかするとお釈迦様には、ここまで分かっていたのかもしれません。


隠した秘密はいずれ漏れ、悪い行いは良くない結果を招く。

その一方で、良い行いもやがて良いことにつながるならば、たとえ結果が
すぐには出なくても、良い行いを心がけたいものですね。


▼もうちょっと知りたい!という方はどうぞ。↓

※釈迦族の国は「カピラヴァストゥ」と言い、お釈迦様はこの国の生まれで、
「ゴータマ・シッダルタ」と言いました(表記によって若干異なります)。

コーサラ国の王、パセーナディが妃を求めたのに対して釈迦族は、長者が下女
に産ませた娘を、身分の高いものと偽りました。王子ビドゥーダバはやがて
その事実を知り、自らの出自に苦しむことになります。

インドの古い身分制度である「カースト」は、ヴァルナと呼ばれる4つの身分
に分かれ、親から子に受け継がれて、変えることはできないとされました。
その歴史は古く、発祥は紀元前13世紀頃と言われます。

最も身分の高いバラモン(僧)、次のクシャトリャ(武士)、ヴァイシャ
(商人)、シュードラ(奴隷)があり、その下にカーストすら持たない層が
あります。

職業などによってもっと細かく分かれており、1950年にカーストを禁じる
憲法が制定されましたが、ヒンドゥー教と結びついた制度は、今でもインド
社会に根が深いそうです。


▼オマケの話

※枯れた木はチークの木であったと言われ、ヒマラヤ山麓の釈迦族発祥の地に
多く生えていたとされることから、釈迦族を暗示するものとなったようです。

ちなみに、枯れた木とありますが、チークの木は雨季には落葉するそうです。
インドの気候は乾季、暑季、雨季に分かれるため、雨季に入ったまだ暑い日に、
落葉したチークの木の下にお釈迦様がいた、と考えることも出来そうです。

※チーク材は、非常に堅いけれど柔らかい温かみがあり、伸縮性が小さくて
害虫にも強く、油分を含むため水に濡れても腐りにくいといった性質を持つ
ため、非常に優れた建材だそうです。

高級な材木で、水に強いことから船舶にも利用され、かの豪華客船、クイー
ンエリザベス2世号にも使われているそうです。


▼これであなたも物知り博士?

「お釈迦様(シッダルタ)は、生まれてすぐにあることをしたといいます。
それは?」

A.合掌(掌を合わせること)をした
B.お経を唱えた
C.歩いた



答え: 歩いた

7歩歩いて天と地を指差し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆい
がどくそん)」と言ったといいます。手、口、足を全て使っています。

解釈はいろいろあるようですが、「世の中で自分が一番尊い」という意味
ではなく、人間(生き物)は全て、何かしらの使命を持って生まれている
のだから、誰もが唯一尊い存在である、という意味だそうです。

ただ、あえて私見を申せば、誤解されても仕方ない言葉です。シッダルタ
が悟りを開いたのは長い修行の末で、生まれながらの神(仏)ではありません。
お釈迦様を尊敬する人が後から作った話ではないかと思います。

ちなみに、私のお釈迦様についての知識は、手塚治さんの漫画「ブッダ」
からのものが殆どなのですが、確か作中では赤ん坊のシッダルタは寝たまま、
目もつぶったままで、両手の人指し指で上下を指差していたと思います。

これなら充分ありえますね。


▼これであなたも物知り博士?

「手塚治氏の長編漫画で、お釈迦様を描いたものがあります。タイトルは?」

A.シッダルタ
B.シャカ
C.ブッダ



答え: ブッダ

子供の頃、ブッダは何度も読みました。その割に内容を正確に覚えてはいない
のですが、このエピソードも多少形を変えて盛り込まれていたように思います。


▼編集後記

先週、「仏の顔は3度」という諺は、3度目にはもうダメという意味だと
ご紹介しました。

英訳するとわかりやすく、「Even Buddha may be upset if his face is
hit three times.」となり、「お釈迦様でも、3度も顔をぶたれれば怒る。」
といった意味になります。

でも、起源に遡るとなぜか4度目という意味になるのは面白いですね。

もっとも、このあたりは原文の解釈によって説が異なるようです。サンス
クリット語の原文を研究するよりは、少ない方で覚えておくことにします。


今日はクリスマスイブですね。子供の頃、「いい子にしていないとサンタ
さんが来ないよ。」と言われた方は多いと思います。あれも因果応報の理
と言えるでしょうか。

もっとも、私もそうですが、常日頃いくら叱っていても親としてはやはり
子供の枕元にプレゼントを置いてしまうものだと思います。

「悪い子だったからサンタさん来なかったね。」とは言いにくいものです。
せいぜいやって、希望通りの物をあげない程度でしょうか。

こうした気持ちも、いずれ子供に伝わっていくといいですね。少なくとも
両親から私には伝わったようです。


▼ものがたりに学ぶ、今週の教訓

「ついた嘘、いつか漏れると定まれど、良き行いも我が身に返る。」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

★次回 旅のものがたり

「大きな船と小さな船」(仮)


それでは、次回の「旅のものがたり」をお楽しみに!