【第56回】



          「盾と矛」



昔、南のある国は、北の大きな国に頭を悩ませていました。


事あるごとに領土を広げようとし、隙を見ては攻め込んで来たためです。


北の国に比べると南の国の軍は数で劣り、まともに戦っては勝ち目があり
ませんが、国を取られては困るので、様々な工夫をしました。


ある時は、暑さに参った軍に後ろから襲いかかり、ある時は、隠れて戦い
ながら食料を隠したりし、柔軟な戦術で戦いました。



また、攻め込むのにちょうどいい湾があるのですが、その湾は珍しい地形
で、浅い海にたくさんの大きな岩が突き出していたため、それが天然の盾
となって大船団が一気に攻め込むことができませんでした。



しかし、とうとう業を煮やした北の王は、これほど戦力差があって勝てない
のは矛盾(むじゅん)であると怒り、また兵を送ります。


前よりさらに戦力を増やし、陸から攻める大軍だけでなく、海からは食料を
積んだ大船団を進ませました。



それに対して南の国の人は一計を案じ、海の敵を迎え撃ちます。


南の小さな船は、正面切って当たるように見せかけて、少し戦うとすぐに
逃げ出しました。


北の船団は、湾の奥に船を進め、ある河をさかのぼり始めました。


そのうち潮が引き、水位が下がっていましたが、川底をこするほどではない
ことは分かっていました。



ある程度まで進むと、隠れていた南の軍隊が一気に船を攻めてきたため、
北の船団は一度体制を建て直すために引き返しました。


ところがある所まで進むと、急に船が動かなくなってしまいました。


それだけではありません。見ると船底から浸水しています。



川底に、木と鉄で作った槍が無数に突き刺してあり、それが船の底に突き
刺さっていたのです。


槍に触れない、潮位の高いうちに船団ごと河に誘い込み、水位が下がった
ところで一気に罠に追い込んで殲滅する、実に巧みな作戦でした。


大混乱する北の大きな船に、引き返して来た南の小船が襲いかかり、一隻
ずつ取り囲んで沈めてしまいました。



槍の高さは、潮位が下がった際に相手の大きな船にだけ刺さるように計算
されており、浅い海に適した彼等の船は底が平らで、もともと水中の障害
物に触れにくい作りになっていました。



天然の守りであるハロン湾の奇岩と、巧みに水中に隠した槍、この強力な
盾(たて)と矛(ほこ)に、船の特性までを加え、自分達の強みを最大限
に活かした勝利でした。



ベトナムの北部、中国との国境近くの海に広がるハロン湾。



ハロン湾には、かつて龍が舞い降り、敵を倒す時に吐いた宝玉が奇岩になっ
たという伝説があります。


世界でここにしかないという、数千にも及ぶ奇岩が直立したこの海は、幾度
となく人々の命を救った奇跡の海でした。


訪れた際には、エメラルドグリーンの海からそびえ立つ無数の岩山を、ぜひ
ご覧になってみてはいかがでしょうか。



▼ハカセの、もうちょっと知りたい!


※ハロン湾の水深はおおむね10mほどで、白藤江(はくとうこう)と呼ば
れる川の水深も浅く、こうした工夫には最適でした。


※実はベトナムはこの戦法を300年ほど前にも用いており、最初は10世紀
に中国を相手に、次はこの話のように、元を相手にした時でした。


ともに白藤江の戦いと呼ばれ、10世紀にはゴクエン、13世紀はチャンフン
ダオという人物が軍を指揮し、国を救った英雄とされています。


※他にもベトナム戦争の際に、戦闘機に狙われた漁船が避難して、ハロンの岩
山に命を救われた例もあったようです。ハロン湾の岩山のどこかに、彼らが感
謝を込めてつくった祠(ほこら)があるといいます。


※ハロン湾は主に船に乗って観光しますが、船に泊まるコースに参加すると
陸から遠いエリアまで見て回ることができます。いかだをつないで家を作り
暮らしている、水上村というものもあるそうです。




▼オマケの話


※元はモンゴル国によってつくられた国で、実質はモンゴル帝国でした。


この時代、元は他の国へも侵攻しており、日本にも2度攻め込みました。


一説によれば、この白藤江の戦いで痛手をこうむったため、日本に対する3度
目の侵攻は無くなったのだとも言われます。


元との白藤江の戦いは1286年頃とされ、日本への元寇は1274年(文永
の役)と1281年(弘安の役)ですので、年代的には合っています。


事実だとすれば、ベトナムの奮戦に感謝しなければいけませんね。



▼編集後記


先週の金、土に、徳島へ視察に行って来ました。


先週書いたアドベンチャー・ジャパンさんと進めている企画で、今までの
旅行とちょっと違った視点があるのでとても興味深いです。


木曜の夜は遅くまで仕事をして、会社のある浜松町から深夜バスで出かけ、
朝6時に現地入りしていろいろ見てきました。


山、川、海が揃う徳島は食べ物が豊富で、おいしいものが多く、他にも興味
深い物が多かったので、何らかの形でご紹介していこうと思います。



▼ものがたりに学ぶ、今週の教訓


「堅固な盾と強力な矛、これに知恵が加われば、敵はない」




★次回 旅のものがたり



「北の林と南の龍」(仮)



それでは、次回の「旅のものがたり」をお楽しみに!