先月とある取材を受ける機会があり、改めて考えていました。
中学受験とは何だったのだろうか。
小3当時、二男は給食が楽しみで小学校に通っていました。
長男は自分が通う公立中学校は給食が不味い(当時)と毎日話していて、
それを聞いていた二男は、絶対に行かないと言っていた。
嘘みたいですが、これが中学受験のきっかけだったのは間違いありません。
ただ、これ以外にも大きな環境要因はあった事を思い出していました。
1.二男は勉強を苦にするタイプではなかった
2.コツコツ努力する事が嫌いではなかった、長時間でも椅子に座れていた
3.塾での先取りから学校では勉強ができる子になり、優越感に浸っていた
4.塾クラス昇降含めて、競争する自力を備え持っていた
父母は4流大学出身なので、地頭で恵まれていないのは明白。
それでも、二男は
中学受験を通して、積極的に課題に取り組む習慣を身に着けていきました。
また、『努力を真剣にする経験』という産物は、二男の宝物になるはずです。
中学受験塾では一番手クラスに届くことは無かった、
受験本番でも上位志望校からご縁を頂くことも無かった、
最後まで高みの挑戦校と戦い続けたが努力は弾けた。
今は最寄りの進学先に楽しく通い、勉強と部活を謳歌している。
深海魚にはならず、優越感は少し持てる位置取りでもある。
少なくない教育コストに見合うものなのかは今は判断できませんが、
輝かしい結果だけが中学受験のゴールでもないと感じます。
将来を考える時間を持てるのは中高一貫ならでは。
大学受験まで残り4年半、
海外研修や福祉・ボランティア活動、探究学習など、沢山経験してもらいたい。
中学受験は、子供のタイプで毒薬にもなると、考えています。
向き不向きはあるし、やはり参戦は子供の意思が一番大切だと思います。
そして、親子間の信頼とコミュニケーションも重要。
あくまでも、子どもの受験なので、子どもより親が熱くなってはいけない。
自省の意味も込めて。