ああ、悪人って楽しい!どうしてこんなに爽快なの!?という感じで、今日の更新。
「そ、そんな…!」
ロエルが悲痛の呻きをあげる。
「僕はエト=フィセ=ラールズ。ヴァリス国王にして、ファリス教団最高司祭。通称は神官王、至高神の愛児。平和を愛し、至高神を深く信仰し、ヴァリスと信仰のために生きる…」
ふっと、鼻で笑い、腰に手を当てて一同を見下ろした。
「聞いてれば、本当に聖別された子でしょう?欲とか穢れに無縁そうに見えるでしょう?でも、僕も男だし、何より一応人間。この体は穢れきっている。周りが欲しがるから。貪りたがるから。僕はその度に組み敷かれて、欲を受け止めてきた。時には殺したいと思い、時には憎みきり。それを抑え込み、感情を押し殺すことで、僕は聖職者として生きてきた…その方が、楽だから。少なくとも、今までの僕にとっては、一番ね」
やれやれと首を横に振る。
膝をつき、呆然としたフェネアの震える唇が、鸚鵡返しのように、我が王の言葉を繰り返す。
「穢れきって…いる…?」
にっこり微笑んで、それに頷き、エトは言葉を続ける。
「体の奥までね。まぁもっとも、淡い恋を追いかける君には理解できないだろうけどね。殺したいと思った相手を誰かに殺された、僕の気持ちなんて。そう、誰にも分からない。分かって欲しくもない。まるで分かりきったような顔で僕について語る人たちには、ずっと昔から反吐の出るような気持ちでいた。親切ごかして、根掘り葉掘り尋ねてくる連中にも、気を遣うフリをして取り入ろうとする虫けらにも。優しくしておいて結局最後には突き放す他人なんて、信じない。だから僕は…神に縋った。誰も信じたくないから、至高神を信じた…それが僕の信仰の起源…」
「違う!そんなの、違う!」
思わず、パーンは叫んでいた。心から、叫んでいた。
エトはずっと、俺のことを信じてると言ってくれた。俺のために神の力を得て、司祭になって、君の力になる。そう、言ってくれてたじゃないか…。
「エトは、心からファリスを信じて…!」
「そうすれば、他人の薄情を試練に置き換えることができるから。他人を癒せば、敬われ、大事にされるから。ずっと僕は、余所者だった。ロイドにいたって、ザクソンにいたってね。それを打開するには、力を得ればいい。司祭になれば、村の連中を見返せる。殺された両親の仇を討てる。だから、僕は勉強をした。寝る間も惜しんで、早くあの村から出て行くことだけを夢見た…」
「だって、エトは、俺のために神の力を得るって…!俺のことを、信じてるって…!」
「君が、僕に何をしてくれた?」
冷たい声で、そう言い返され、パーンは呆然となった。
俺が、エトに、してあげられた、こと…。
何だろう。俺、お前に、何を…。
ある。あるはずだ。俺達は支え合って…。
「君は、ただ僕に甘えていただけ。何でも僕がした。しないと生きて行けないから。君がしたことは、泣いて縋りつくか、強がるか。旅をしてても、そうだった。君は何にもしなかった。傷を癒したのは僕。生活の面倒を見たのも、僕。君がしたのは、お母さんに言いつけられて、頭を撫でたことだけ。僕は君に懇願した。聖騎士としてヴァリスに残って欲しい、それにだって、応じてくれなかった。そんな君を、どうやって、信じろって言うの?君を信じたら、ご飯が出てくるの?君を信じたら、傷が癒えるの?」
パーンには、もう答える言葉が見つからなかった。
今まで自分の足元を支えていたものが、全て消え去っていく、そんな感覚だった。
「エト!ひどいわ!」
「部外者は黙っててくれないかな」
声を荒げるディードリットに冷たく言い放ち、エトは言の穂を継ぐ。
「ねぇ、パーン。君が今まで縋りつき、このコンファクラーで夜な夜な抱いた体は、」
「パーン!」
ディードリットが今度はパーンに向かい、叫ぶ。
それにも、パーンは答えられない。
エトは胸を反らし、勝ち誇るように告げた。
「君が望むエトの虚像なんだよ」
「きょぞう…?」
「そう。君が望む、穏やかで、優しくて、自分をどこまでも受け止めてくれる、母のようなエト。それが、君のエト。家臣たちにとってのエトは、政治家として有能で、深謀遠慮に長けて、皆を笑わせ、妻を大事にする、賢王のエトさ。皆、勝手に僕を作り上げる。自分の都合のいいように。見目のいいように。そうして、その僕を褒め称える。言ってしまえば、自分で作った人形を褒めるようなものさ。そこに僕の意志はない。けれど、嫌われたくない、というエトの本性は、それに応じるんだよ、精一杯。そんなんじゃないと心で叫び、呻き、苦しみながらも、笑っておく。そうすれば、僕は嫌われない。邪魔にはされない。だったら、道化になってやる…とね」
エトがまた何かの詠唱を始めた。とてつもない魔力が、エトの手の内に収まっていく。
「だけど、それにも疲れちゃった。いい加減、勝手な僕を作り上げられ、道化を続けることに、ね。だから、終わらせよう。これはエトの意志だよ。僕は…」
またにっこりと笑った。詠唱は終わりに近付いてる。
「さっさとこの腐った循環からおさらばしたいんだよ。それに相応しい場所に、行こうと思ってね」
「陛下!どこへ!?」
フェグルスの絶叫に、エトは笑顔のまま答えた。
「ファラリスの大神殿に」
さらりと返ってきた答えに、家臣たちはまた愕然とする。エトがあれほどまでに忌み嫌っていた神殿に…何故?
「あそこには僕が大嫌いなファラリスの信者たちがたくさんいる。僕も何度も殺しに行ったけどね。人形のエトはなかなか連中を殺せない。だから循環を断ち切る前に、僕の両親を殺して、十七歳の僕を生贄にしようとした奴らを皆殺しにしておこうと思って。その方が人形のエトも気が晴れるっていうもんだよ」
「陛下に限って、そのようなことが…!」
叫びかけたロファスが吹き飛ばされる。
「ロファス様!」
「そういうのを、余計な口出しって言うんだよ。僕のことを知りもしないのに、勝手に話さないでくれる?ま、皆も来たければ、来たら?僕は循環の前に粛清を行い、あとは自分の手で断ち切るから。邪魔しないと約束してくれたら、見届けてもいいよ。ああ、それと」
エトの右手が、目にも止まらない速さで動く。
「きゃああ!」
ディードリットが慌てて身をよけた。そのすぐ左横を、自分のレイピアが通り過ぎる。レイピアは彼女の金髪を数本道連れにして、壁に突き刺さる。
「これは返しておくよ。君の剣じゃ、大した戦力にならない。もう一つ、ちゃんと言っておかなきゃ。僕を止めたら、誰だって殺すよ。今の僕は、全ての抑制を振り切った。本気で、殺しに行くからね。それだけは忘れずに、じゃあね」
「陛下!!」
たまらずに、フェネアが駆け出す。
「フェネア、君ほどに純粋なら、僕もこうはならなかったかもね…もう、遅いか。それじゃ」
フェネアの手が届く、その一瞬に、エトは姿を消した。音もなく。
「陛下ぁ!」
フェネアがバランスを崩し、その場に倒れる。慌ててレーベンスが駆け寄り、彼女を助け起こす。
「…一体、何だったのだ…」
「あれが、陛下だというのか…!あんな、冷酷なことを行い、冷徹な言葉を我々に…!」
ロエルが右肩を抑え、ふらふらと立ち上がる。
「陛下の循環を…断ち切る…」
「…簡単に言えば…」
「…自殺」
パーンが虚ろな瞳のまま、ぽつりと呟く。
「パーン卿…!」
「…あいつ、死にたがってる…。死んで、終わりにしたがってる…。死ぬ前に、粛清するって…」
「それは、ファラリスの信者を討つことで…!」
「…違う。そいつらじゃない…」
「ファラリスを、っちゅうことね」
パーンに答えたのは、聞き覚えのない女の声だった。
またオリキャラを出してしまいます。すみませんが、お付き合い下さい。
予想以上に、長期連載になりそうです。