エト×ファーンに悩んでる間に、パーン×エトが降臨完了してしまいました。
そんな訳で、速攻で作った小文、どうぞ読んでみてくださいまし。
苦情は受け付けません!…嘘です。駄目な奴だ!と裁いてやってください。プチMです。…失礼。
一応二部構成にしておきます。
俺たちは、またはぐれた。
多分帰らずの森の近くの、分かれ道。その先。
そうだ、野生の狼の群に出くわしたんだ。それで、追い払って、バタバタしてる内に…。
気づいたら、二人で走ってた。
夕暮れだった空は、もう漆黒の闇に変わっている。ディードやギムならまだしも、真っ当な人間の俺たちが自由に動けるわけがない。
「エト」
傍らで走る親友に声をかけると、弾んだ声が返ってきた。
「…なに?」
「そろそろ、止まろうぜ。このまま走っても、埒が開かないよ。朝になったら、みんなを探そう」
三秒黙り、
「そうだね…」
真っ暗な中、足音が止む。俺も立ち止まり、とりあえず灯りを、とポケットを探る。
と、囁きの後、急に眩しい光が目に飛び込んできた。
「眩しっ…」
目を細めて光源を見ると、光の中で白い司祭衣と白い手が浮かんでいる。
「何だ、それ?」
「ファリスから頂いた光。これでどこか焚き火ができるところを探そう」
そう言って、先に歩いて森を進んでいく。
怖くなった。一人にされることではなく、このまま先に行かせたら、エトが消えていなくなりそうで。
少し早足で追いつき、細い肩を抱いた。
「パーン?」
「一緒に行こう。危ないぜ」
「…うん」
ようやく、ここまで触れても、許してくれるようになったんだな、エト。
剣を構えて、エトの一歩先を歩く。
エトは無言だ。光を翳し、パーンの歩幅について歩く。
沈黙の歩が五分ほど続いた頃だろうか。
「あそこ、広いな」
十歩先に、少し開けた叢があった。
「あそこで一晩過ごそうぜ。…いいよな?」
「…いいよ」
肩の手を外し、右手をぎゅっと握る。
「パーン…」
「…」
手をつないだまま、叢に着く。
「薪拾うから、そこにいて」
エトがそこにいることを、光と体温で確認し、近くの枯れ木や枯れ草を拾う。
叢の真ん中に集め、火打ち石で火を点ける。
三度ほどの火花の後、小さな火がつく。
それが燃え盛った頃、エトがファリスに感謝して、光を空に戻した。
「ディードの光の精霊とは…違うんだよな?」
「あっちは精霊。僕のは神の奇跡」
ディードの精霊魔法も、スレインの古代語魔法も、エトの神聖魔法も、俺には不思議でしょうがない。そしてどれを見ても、いつも幻想的だ。
「座ろう」
エトが道具袋から布を取り出し、地面に敷いた。俺もエトの隣に腰掛け、自分の道具袋から葡萄酒の入った酒袋を取り出す。
「体あったまるぜ」
俺も人のことは言えないが、エトはあまり酒が強くない。だから、少量だけ口に含み、俺に返してきた。
「…みんな、どこにいるんだろうね」
耳を澄ましてみたが、俺たちの物音以外は、鳥や獣の鳴き声しかしない。
「あっちは、ディードたちがいるから、大丈夫だと思う」
ウッドもそんなことを言ってた。エトはそれに「そうだね」と笑った。
ウッドがどんなつもりで、俺たちを誘い出したかなんて、全く知らないで。
「エト、ケガ、ないか?」
どう走ったのか、全く覚えてない。エトは俺やギムのずっと前を走ってて、紫色の帽子が木陰に見え隠れしていた。近くでスレインが「ディードリットも…エトも…速すぎますよ…」と息を切らしていた。ウッドはスレインの後ろで「ったく、しつけぇ!」と舌打ちをし、ギムも「よっぽど腹を空かしておるんじゃの」とやはり息切れ切れで、「何してるのよ!遅いわよ!」とディードが怒ってた。
「ん…大丈夫だよ」
エトはかすかに笑ってみせる。今日は道端で動けなくなっていた親子の旅人を癒して、結構疲れていた様子だった。それで、この全力疾走だ。ちょっと、きつそうだ。
「パーンは?」
自分の体を確認してみたが、途中でできた引っかき傷以外に、目立った傷はなかった。
「大丈夫。一度木の枝に引っかけただけだから」
ふと、エトの耳の下に目が行った。
「エト」
「ん?」
「そこ、傷になってる」
ちょうど顎の線の際に、横走りの傷跡があった。
「どこ?」
エトに近付いて、髪をかき上げる。
「…ふっ…」
瞬間、エトの体が細かく震えた。
思わずくらりとして、傷跡を舐めた。
「やぁっ…」
また震える。頬が真っ赤だ。
「ここにあるんだよ…」
何度も舌でなぞり、大した抵抗を見せないエトを布の上に倒す。
「だめだよ…」
エトの目が月の光と焚き火の色を受けて、紫色に潤んでいた。
俺とエトが、『こういう関係』になって、もう二週間経った。
もちろん、エトは納得なんてしてない。俺はエトの性格をよく知ってる。だから、俺は一週間くらい、ろくに口を聞いてもらえなかった。
俺のやり方もまずかった。俺は後が怖くて、どうしてもエトに手を出せなかった。
だから、ウッドに頼んだ。お膳立ても手ほどきも、全部ウッドだった。エトは本気で嫌がって、本気で泣いた。でも、俺は止められなかった。止められるはずがなかった。
俺は三日後から、無視されても、何をされても、謝った。謝って、頭を下げて、必死になって、エトの許しを求めた。
エトはその度に、本当に辛そうな顔をした。「今謝るんだったら、どうしてあんなことしたの!?」と、問い詰められ、泣かれもした。
十日経って、ようやくエトがちゃんと話をしてくれた。
エトは、行為にも驚いたが、それよりも、ウッドを引き入れて、まるで彼の操り人形みたいになった俺が大嫌いだったと言った。
ちゃんと好きなら好き、そう言ってくれればよかったのに。あの時の君は僕の知ってるパーンじゃなかった。知らないパーンに無理に抱かれるなんて、絶対嫌だった。もちろん、抱かれるのは本意じゃなかったし、そんなの好きじゃない。でも、あのパーンだけは絶対に許せなかった。
一気に言い切ったエトは、顔を背けて、昂った感情を抑えようと何度も深呼吸をした。その前で、俺は泣いて頭を下げ続けていた。
…それにね。
エトが、堪えきれない涙を零し、こう続けた。
君みたいに、謝らない人だって、いる。
エトの手首が、驚くくらい赤かった。
何の跡かは、すぐに分かった。
ウッドはただの仲間だもの。君と僕みたいな、関係じゃないもの。だから…。
完全に背を向けて肩を震わせたエトの項に、赤い跡を見た。
自分がエトにどんなことをしたのか、改めて思い知り、そして本当にごめんと思った。
エトは、二人分の欲を受けなければいけなくなったんだ。俺には許してと謝られ、ウッドには拒んでも抱かれ。
…ごめんなさい。
エトの足に縋って、たくさん泣いた。エトが受けた心の傷を思って。親友を傷つけてしまった自分への悔いで。
足に縋りついていた手を、腰に上げて、さらに縋りついた。エトは「…もう、絶対に、あんな卑怯なこと、しないで…」と、また泣いた。
やがてエトもしゃがみ、野営地から離れた森陰で、二人で抱き合うようにして、しゃくりあげて泣いた。
あれから、三日。エトは俺の下で、また辛そうな顔をしていた。
「ねぇ、パーン…」
俺の二の腕を掴む。力はほとんど入ってない。
「…もう、戻れないのかな」
「…え?」
「…もう、僕たち、友達には、戻れないのかな」
エトが潤んだ目で、見上げてくる。
「僕、君のこと、好きだよ」
薄く、震えて、笑う。
「でも、こういう意味じゃない。分かるよね?僕は、まっすぐで優しい君が好き。嘘なんてついてもすぐに分かってしまう、何にでもひたむきで、純粋な、君が好きだよ。だけど…考えたことなかったんだ。君が…男だって」
「エト…」
「あの夜の君は、男だった。僕は初めて、君は男なんだって思った。もちろん、僕だってそうだけどね。君は友達としてじゃなく、男として、僕を押し倒した。だから、それが怖かった。現実を突きつけられたみたいで…」
二の腕の手が、肩に上がる。
「…ね、苦しかった?」
「苦しい?」
「そう。それまで、苦しかった?」
それまでを、振り返る。苦しいって、どういう意味だろう。
苦しい…。
やっと、分かった気がした。エトの質問の意図が。
「…うん」
エトと再会して、看病疲れで眠りに着いたエトを見て、俺はなんだかこみ上げるものを覚えた。正体は分からない。ただそれは、とても熱くて、硬くて、全身に駆け巡るような感覚だった。
分からないまま、四人で旅に出た。旅の間、色々世話してくれるエトを見て、俺はまた熱いものを覚えた。
そうして、はじめて、自分の手で出した。
エトには言えなかった。それは恥ずかしいものだと思っていたから。
言えないまま、そんなことばっかする日が続いて、ついに、爆発した。
「…苦しかった。エトといると、いつも…」
深い、深い、ため息だった。俺の顔から目を逸らし、俺の腕を見ている。
「…そっか。僕といると、苦しかったんだ」
「そんな…」
言いかける俺の口を、人差し指で塞ぐ。
「そういう意味じゃ、ないよ。ただ、パーンも男なんだって、そう思っただけ」
「それ、どういう…」
「今まで、君を子供だと思っていた自分にね、気付かされたの」
その意味は、分かった。
俺は何だって、エトに頼ってきた。本当に、何でも。何度だって、おねしょしたシーツや下着を洗ってもらってた。別の意味で『失敗』した下着も。
そんな俺が急に男になったからって、エトが受け入れるはずがなかったんだ。
「だから、ごめんね」
「…なんで?」
「君が苦しんでるの、気付いてあげられなくて。悩んでるのは、分かってたけど、苦しがってるとは、思ってなかった」
「エト…」
「ずっと、パーンのことは全部分かってるつもりでいたの、僕。悔しいのもあるし、苦しいのもあるし、ごめんというのもある…。ね、どうしたらいい?」
肩の手が、すすと項に上がってきた。
微妙な距離感で、見つめ合う。
「君を許すの、どうしたらいい?」
思わず、柔らかな黒髪を梳いて、白い頬を撫でていた。
「…俺に、聞かないで」
無表情のままのエトに比べて、俺の顔はもうくしゃくしゃだ。
「俺が言える方法は、一つしかないんだよ…エト」
「君と、僕の問題じゃない…」
「でも、俺はそれ以外、選べない」
エトがもう一度、ため息をついた。
「じゃあ、言って」
エトの顔は、真剣だった。
「ちゃんと、言って。君の口から。僕が君を許す方法を」
じっと見つめ合った。エトは相変わらず頬ひとつ崩さない。瞬きは少なくて、頬もまったく紅潮しない。
迷った。迷いに迷って、悩んだけど、やっぱり一つの回答以外は、選べなかった。
二回深呼吸して、震える声を何とか飲み込んだ。
「…俺に、抱かせて」
まだ見つめたままだ。
「俺に、体を許して。今だけ、俺だけを見て。親友じゃない、子供じゃない、俺を」
俺の涙が三滴、エトの頬に落ちる。
エトはやがて、ゆっくり目を閉じた。
ぐいと引き寄せられ、抱き締められた。
「やっと、言ってくれたね」
「…エト?」
「僕が…君を憎めると思う?僕にとっての最高の親友を」
いけない、と一人ごちる。
「親友じゃなかったね、パーン。でも、僕の中での価値観は変わらない。やっぱり、君は僕にとって、親友だよ。それだけ、大事なんだ。いいね…?」
うん、うん、と何度も頷いた。
「さ、鎧を脱いで。こんなとこで、恥ずかしいけど」
「…大丈夫だよ」
肩当の金具を外しながら、
「今、太陽は出てない」
空には、雲で霞がかった星と、半月が浮かんでいる。
エトは一度くすっと笑った。それは月とおんなじで、とっても朧げだった。