秋の気配深まる中、トルコ共和国のシャーヒン大国民議会議長をお迎えしました。統計調査によるとトルコでは、最も親近感を有する外国人は日本人であり両国の絆は強固に結ばれています。
 その沿革は、1889年「エルトゥールル号事件」に遡るとされます。1887年小松宮彰仁殿下及び同妃殿下のトルコ訪問において皇帝アブドゥル・ハミト2世に謁見した答礼に89年7月オスマン・パシャ提督率いる総勢650名の使節団を軍艦エルトゥールル号で派遣し90年6月、同提督は明治天皇に拝謁しオスマン帝国の最高勲章を奉呈し帰路に着き神戸を目指しますが、和歌山県紀州沖で台風に遭遇し、座礁し沈没してしまいます。この海難事故に際し、付近の住民が協力して救出に奔走、多くの犠牲者が出た中で69名を救助しました。救助者を日本国は当時巡洋艦「金剛」「比叡」を出し丁重にトルコに送還しました。日本国の官民上げての手厚い対応はトルコ国民を感激させ、両国に歴史的な友好関係が生まれました。


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 さらに1985年の「イラン・イラク戦争」では、イラクがイランを攻撃すると発表しテヘランの250人の邦人救出が課題となる中、亡きオザル大統領の決断でトルコ航空機2機が派遣され無事脱出を希望した250人が脱出を果たしました。このトルコのご厚意に応え06年小泉首相は、同国訪問時に同航空関係者ら13名に叙勲を行いその労にお応えしました。
 会談は終始和やかなムードで進み、シャーヒン議長より日本側の温かい対応に謝意を込められ、先に広島の悲劇をつぶさに視察した議長は、2つの都市だけでなく人類・人道に対する攻撃であったこの行為を忘れることなく対応しているわが国に敬意を込めるとともに核兵器を人類から無くすことを切望されました。
 またトルコは目覚しい経済発展を続け、原子力発電や通信サットの打上げ等を控えており経済投資環境の整備も着実に行なわれています。わが国も経済面でも友好関係の輪をさらに拡げて行く事が大きく期待されています。
 G20入りを果たした同国が隣国イランとの対話外交を行い、対イラクにおいては復興支援を拡大し中東和平に積極的に関与している姿を垣間見ることが出来ました。