高木 豊の歩む道 In Ethiopia -4ページ目

高木 豊の歩む道 In Ethiopia

アフリカの事、エチオピアの事、自分自身の事を書いていきます。

力を与えられるように心込めて書きますので、読んでもらえると幸せです。

アメブロでのコメントを見る方法を2年間知らずに、今日、2年分のコメントを読ませてもらいました。コメントを送ってくださった皆さん、「ごめんなさい」そして「ありがとうございました」なんだか、すごく嬉しくて、心が温まりました。
日本で、出会ったたくさんの素晴らしい人々が、『ブログを見てくれている』、『みんなも頑張っている』『応援してくれている』本当に感謝、感謝、感謝です。ぜひ、帰ってたら会ってください。

いよいよ、延長した分の2ケ月しかエチオピアに居られなくなった。来週は一緒にエチオピアに来た同期を見送ることになる。
先週から始まったバスケットボール大会、このマネージングが余りに酷く、プログラムが変わったり、審判が居なかったり、相手が居なかったり、一生懸命にやっている生徒が可愛そうである。試合があれば、モチベーションが上がり、それに合わせて、調整していくわけだが、3回連続のプログラムのキャンセルで、オレ自身が少し疲れてしまっていた。チームのモチベーションが下がってしまうのが嫌だった。
  火曜日、水曜日と他の仕事があったので、部活を2日間休みにした。そして、生徒には『木曜日の午後3時から練習』とだけ伝えてあった。
 今日の練習は少し「不安」があった。というのは、彼らは『勝利への執念』が薄れているのでは?プログラムの変更の嵐で、モチベーションが下がっているのでは?そんな事を、ついつい考えてしまっていた。
  午後2時40分に授業が終わると、彼らは走って体育教官室に来てボールを取りに来た。そして、口を揃えて『ユタカ、タッファ!(久しぶり)トロトロ!(早く、早く)』 もう、彼らの頭の中は「バスケットボール」でいっぱいである。
 そして、2日間会わないだけで、俺は『久しぶり』と何度も言われる。 彼らは、2日ぶりにボールを手にすると、本当に楽しそうにバスケボールをする。
 練習も、集中力を感じさせる、とても良い雰囲気を作りだし、俺の不安を一瞬で吹き飛ばしてくれた。

 彼らは、オレにとって「生徒であり、自分の子供」である。 教員生活が4年にも満たない俺だけど、教師という仕事は「こんなにも楽しいものか」と何度も感じたことがある。それは、生徒が自分の予想を遥かに超えたことをするからである。それは、「成長」と呼ぶのかもしれない。でも、そういう瞬間に、表現しづらいが、「自分の心の根が水を吸収しているのを感じる。」とでも言うだろうか、自分自身が生き生きしてくるのが分かる。

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 時間がチクタクと帰国に近づいている。オレは周りの人々と離れてしまうことが怖い。
気がつけば、自分はエチオピア人としか時間を過ごさなくなっていた。朝から晩までアムハラ語の生活が当たり前になり、不思議と日本食への飢えも無くなっていた。日本人の歓迎会などにも自然と足が遠くなり、日本人コミュニティーとの唯一の繋がりは、仲の良い近所の隊員と体育隊員のみである。
 
最近、エチオピア人によく言われる『ユタカ、お前、マジでアベシャ(エチオピア人)!行動とか考えが完全にアベシャ!』。喜んで良いのか分からないが、そう話す彼らはかなり嬉しそうである。学校で、1番のタンコレンニャ(めんどくさい奴)先生に、来たときは『ファレンチ(外人)』と呼ばれていた。今では『ヤイネ、シュクワル(私のスイート)』と呼ばれている。

 最初は、エチオピアの全てが新鮮だった。全ての事に興味を持ち、毎日がドキドキだった。買い物や挨拶、それ自体が楽しいし、気持ちよかった。
 次に、エチオピアの世界に、彼らの住む世界に、入り込もうとした。知らない人に話しかけたり、ローカルの物を食べたり、するのがカッコよかった。
 最終的には、頭から足までエチオピアに漬かっていた。もう、自分が日本人と思うことすら少なくなり、全ての生活が自然で当たり前になった。

 どうして、こんなに充実した日々だと感じるのだろう?たまに考える。彼らがオレを受け入れてくれた。彼らが、居場所を作ってくれた。気がつけば、生徒も先生も、近所の人も、自分の近くに居た。周りの人間関係が潤っているから、生活がゆたかになるのだと思う。人生の醍醐味は「人間関係」と、ここエチオピアで学んだ。どんな状況でも、自分を取り巻く「人間関係」が幸せの基準だろう。家族や同僚、友人と良い関係だから、たくさん笑えるのだろう。

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 2回目のバスケットボール大会を同期の丸さんと開いた。私立、田舎、地元からチームを集め、日本人チーム含む
計7チームでの大会。全ては、一生懸命バスケットボールに励んでいる生徒たちのためである。この2日間で色んなストーリーが生まれた。
 その中でも、同期の丸さんが指導しているメラウイドリームズは素晴らしい力を発揮した。自分のチームもシーソーゲームの末、正念場は完全にメラウイペースで敗北。さらには、私立の学校にも、ひたむきに頑張ってきたメラウイドリームズが勝利した。彼らを見ていて、すごく感動した。1年前までバスケットボールを知ら なかった彼らが猛特訓の末、私立のチームを破るのだから、すごい事だ。 そして、2日目は日本人もエチオピア人も混ぜたスペシャルチームの試合。この試合は、色んなチームが混ざり合い、すごく「ピース」を感じさせてくれる試合だった。
 それぞれがバスケットボールを通じて話をしているような感じがたまらなく良かった。

 うちのチームは惨敗であったが、生徒たちは口を揃えて『豊、ごめん!豊にトロフィーをプレゼントしたかったけど、、、』と言う。全ての試合の運営を手伝い、試合後も日が暮れるまでバスケをしている彼らの姿を見ると、彼にとってバスケットボールができる時間は「最高に楽しい時間」なんだろうと感じる。かつて自分が、毎日ラケットを振り、ボールを追いかけたように。

 そんな彼らと過ごせる時間もカウントダウンに入った。来週から始まるアディス・アベバの試合が終われば、約1年半に渡るバスケ部の生徒は受験勉強へ専念させようと思っている。半分以上が体育の授業も教えていて、彼らが卒業するより先に日本へ自分が帰ることになる。 日本へ帰ることに対しては不安も抵抗も感じないが、エチオピアを離れる寂しさは想像できない。
 残り3ヶ月、自分らしく、感謝を忘れず、歩んでいきます。


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チーム JAPAN
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最後の集合写真
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  作戦タイム
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試合
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                                 チームWondyirad