10月某日、母が亡くなりました
もっとお見舞いに行けば良かったとか、後悔はたくさんありますが
最後にお見舞いに行った時、呼んだら薄っすらと目を開けて微笑んだ気がしたので
きっと最後の呼びかけは母に届いたのだと思います
この日記は健忘録的なものです
私の悲しみを知って欲しいわけではなく
あの時の自分はどうしていたのか、それを記録していきたいと思います
10月某日夜中
家電が鳴り『もう息が止まりそう』と連絡をもらい、急いで着替えて病院へ
私が着いた時は明らかに息をしていなくて
その後確認をして『ご臨終です』と告げられました
覚悟はあるようで無かったです
持たないと思いながらも、少し生きながらえるかもという考えがあったり
楽になってもらえば…という気持ちもありました
葬儀屋さんに電話をして、その後おねぇに電話
何回かおねぇに電話するも出ず(夜中だしね)
私もスマホの着信はまったく気づかず、家電で起きたくらいなので
寝てる時って意外に起きれないのね(ヽ´ω`)
1時間後くらいに母とセレモニーホールへ移動
その後の記憶はごっちゃになっていて
たぶん葬儀屋さんと軽く打合せをしてから少し眠りました
朝になってからおねぇに連絡
喪主を誰にするか、通夜と葬儀の日程をどうするか決めて
会社に電話したり、従姉妹に連絡したりしました
従姉妹に朝ごはんを買ってきてもらい、朝食タイム( ˘ω₍˘ )⁾⁾
一旦アパートに戻り、溜まっていた洗濯物を洗ったり
お昼ご飯を食べてからセレモニーホールに移動
さて、朝にセレモニーホールの方と打合せをしたのですが
メモに【今日 18時〜19時】と言う謎の走り書きが…
これなに?(;゚Д゚≡゚д゚;)?誰か来る?
謎は18時過ぎに解けました
お寺の住職さんが18時から19時の間に来る約束になっているけど、18時半を過ぎても来ないと朝に対応してくれた方から電話がありまして
とりあえず待ちますよ〜( ˊ꒳ˋ ) ᐝ
夜ご飯買いに出なくて良かった_( ˙꒳˙ )_セーフ
19時近くにお坊さんが来て、少し話をして、お経を上げてもらいました
その中で、色々事情があってお見舞いに行けなかったと言ったら
親は10人の子の面倒を見るが、10人の子は親の面倒を見ないとかって話を聞きました
貴女がついていたことを、お母さんは嬉しく思っているよと
これは
【親は十人の子を養えど 子は一人の母を養うこと無し】
日蓮大上人様のお言葉だそうです
落ち着いたところで晩ごはん買いに出て( *¯ч¯*)੭𐃆 ˒˒モグモグ
その後はセレモニーホールで母と一泊
ぼんやりするだけでなんもやる気がないとおねぇにラインしたら
『動画作ったら?』と返信が来て
そっかぁ…( ¯−¯ )
静かに眠る母
その側で一心不乱に動画作るバカ娘୧📱͙'-' )ポチポチ
何時も通りの夜を過ごしました