城務めを始めてから初めて迎える冬。


新年の賑やかさは少しおさまり、何時もの日常に戻りつつある。


私は冷たくなった手に息を吹きかけながら、長い廊下を歩いていた。


(お母さん元気かな…あったかくして過ごしているかな)


ぼんやりと考え事をしながら角を曲がると、誰かにぶつかってしまった。


何かがばら撒かれる音が耳に入り、私は慌ててしゃがみ込んだ。


「大変申し訳ございません」


廊下にばら撒かれた物はお餅だった。


「ごめんね。こっちもぼんやりしていたから」


「いえ…考え事をしていた私が悪いのです」


ふと視線を庭に向けると、白く積もった雪の上にお餅が転がっている。


「大変、あんなところにまで」


私は庭へと降り、急いでお餅を拾い上げた。


「琴音ちゃん!寒いのに!」


名を呼ばれた先に視線を向けると、秀吉様が驚いた顔で立ちすくしていた。


どうやらぶつかった相手は秀吉様だったようだ。


「早く上がって!」


そう叫びながら秀吉様も庭へと降り立つ。


「秀吉様!風邪をひきます」


「それはこっちの台詞」


無造作に手を掴まれ、引っ張られるように廊下へと上がった。


「餅くらいの事で雪の中に飛び出すなんて」


「だって、食べ物は粗末に出来ません」


裸足に雪の冷たさがしみて痺れ、やがてむず痒いような感覚が走る。


「足真っ赤だよ!大変、来て」


私は再度、秀吉様に手を掴まれ引っ張られた。







そして今私は秀吉様の部屋にいる。


火鉢の側に座り足を伸ばすと、冷えた足の裏がさらにむず痒く感じた。


「霜焼けになってないかなぁ」


秀吉様は手ぬぐいを取り出し、私の足を丁寧に拭い始めた。


「あの…秀吉様…自分で出来ます」


「体も冷えてるでしょ。とにかく温まって」


「お武家様にその様な事をさせるわけには…」


私の言葉を受けて秀吉様がクスリと笑った。


「俺は武家の出の人間じゃないんだ。農民の子だよ。だから気にしないで」


「でも殿方にその様な事をさせるわけには」


「ふふっ…琴音ちゃんは初めて会った時から謝りっぱなしだね」


冷えた足に秀吉様の熱い手が触れる。


ピクリと体が跳ねたが、気づかれないように平静を装った。


「霜焼けの薬塗っとくね。腕利き薬師が作ったから、効果は間違いないよ。薬が馴染むまで、此処で休んで行くといい」


私は恥ずかしさでいっぱいになり、小さく「はい」と言う事しか出来なかった。






火鉢に当たりながら休んでいる内に薬が効いてきたのか、足のむず痒さは治まってきた。


「琴音ちゃんも餅食べるでしょ?醤油と砂糖取ってくるから、焼け具合見ててくれる」


私は素直に申し出を受け入れ、火鉢に炙られるお餅の様子を眺めていた。


(新年から秀吉様との時間を過ごせるなんて…)


顔が緩むのを感じて、私はピシャリと両手で頬を叩いた。


(秀吉様が農民出だとしても、身分違いなんだから)


浮き立つ心を静めていると、忙しない足音が近づいてきて襖が勢い良く開け放たれた。


「秀吉!あんこ持っできた…ぞ?」


長身で少し派手な身なりの殿方は見覚えがある。


「利家様…」


利家様は寛ぐ私の姿を見て何か勘違いしたらしく「わりぃ…」と呟いて背を向けた。


「くそっ!秀吉の奴、餅食おうって誘っておいて女連れ込むなんざ、俺への当てつけかよ!」


「違うんです!私、秀吉様に頼まれてお餅の番をしているだけで」


「はぁ?」


大きな声に驚き、反射的に体が震える。


「わんこくん、人の部屋で大きな声出さないでよ。琴音ちゃんびっくりしてるでしょ」


「んだと?」


「あの…私…」


自分が原因で揉めた事に気が引け、退出しようと立ち上がろうとしたその時


「琴音さん?何処にいるの?」


と、少し離れたところから女中頭の声が聞こえてきた。


私が返事を返すより先に、何故か利家様が部屋を出ていってしまう。


(私、やっぱり不快にさせちゃったの?)  


狼狽え慌てながら立ち上がろうとすると、秀吉様が唇に人差し指を当てて「静かに」と呟いた。


少し大きな利家様の声が部屋にまで響き渡る。


「琴音って子なら、さっき俺が使いに使っちまった。雪が積もってから遠くに行かせてないが、少々時間がかかる用事だ。大丈夫か?」


「あらあら、そうですか。それなら大丈夫です。こちらは大した用事ではありませんから」


女中頭の緊張したようにひっくり返った高音を耳にしながら、秀吉様は声を抑えクスクスと笑っている。


「秘密が増えたね。今回は三人の秘密だけど」


「はっはい…」


やがて不機嫌そうな利家様が部屋に戻り、私の隣にドカッと座り込んだ。


「大した用事じゃねえなら、てめぇでやれっつーの」


「わんこくん、上手く追い返したね」


「だからわんこくんじゃねぇってんだろ!」


二人のやり取りを眺めながら、ようやく状況を把握する。


(利家様って不器用だけど、お優しい方なんだな)


「あの…利家様、有難うございます」


「良いって。琴音も餅食ってくだろ?」


「はい!」


名前を呼ばれた事に驚いたが、利家様が私の存在を認めてくれた気がして、自然に笑みがこぼれた。











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久しぶりのネタじゃない秀吉さま(*`∀´*)


この二人は恭一郎さんSSに関わってくるので、少し書き進めたかった


今年もぼちぼちSSをアップしていきたいコネ(ノ)`ω´(ヾ)コネ