俺、鳴神恭一郎は店で帳簿を開き、計算をしていた。


「コン!」


「雷太、店の中では甘えないの」


甘えてくる子狐の雷太を軽く諌めると、雷太は口に咥えていた紙切れを俺に差し出した。


「…助さんから?お前琥珀から助さんの文を預かってきたのか」


「コン♪」


雷太はほめて!ほめて!と言わんばかりに尻尾を振っている。


「よしよし、良い子だ」


頭を撫でてやると、調子に乗った雷太は俺の膝の上で丸くなり眠り始めた。


「ちょっと…仕事に差し障りがあるんだけど」


しかし雷太は知らぬふりを通し、本格的に眠り始める。


「ったく…仕方のないやつだなぁ」


俺は雷太の眠りの妨げにならない様に身動ぎし、助さんからの文を広げた


伴が動いている。気をつけろ


「伴が?何を企んでる…」


俺は胸騒ぎを感じた。






「遅くなっちゃった」


お使い帰りの私は、急いで恭一郎さんのお店へと向かっていた。


「ぜーったいに『どこの道で草食べてたの?』とか嫌味言われるんだよね。…恭一郎さんの皮肉にもすっかり慣れたけど」


急いで曲がり角を曲がったところで、私は誰かとぶつかってしまった。


「ごっごめんなさい!」


「いや…こちらもぼんやりと歩いて居たからね」


ぶつかった相手の足元には杖が倒れていた。


「ごめんなさい!」


慌てて杖を拾い上げる。


「大丈夫だよ。それよりお嬢さんに怪我はないかな?」


ぶつかった相手はこの辺では見かけぬ中年男性だった。


「私は全然大丈夫です」


「そう、それなら良かった。実は鼻緒が切れてしまってね…何処か腰を下ろせる場所を探していたんだ」


その男性は困った様に笑った。


「少し歩けますか?もう少し先に南蛮の品を扱うお店があるんです。私はそこに帰る途中なんです。お店に戻れば鼻緒も直せますから」


「おや、もしや『鳴雷』さんのお店かな?」


発せられた言葉に少し違和感を覚えたが、きっと気のせいだろう。


「えっと…鳴神さんのお店ですが」


「そうそう!その店に向かっていたんだ」


「恭一郎さんのお知り合いの方でしたか。じゃあちょうど良かったです。私の肩に掴まってください」


私は男性に肩を貸し、ゆっくりとお店へと歩き出す。


「お嬢さんは優しいね。見知らぬ土地でこうも優しくしてもらえるとは…俺はついているな」


「困った時はお互い様ですよ」


「ふふっ…お互い様ね」


四苦八苦しながら移動し、なんとかお店の前まで辿り着いた。


「ちょっと待っててください。椅子を持ってきますから」


男性を店前に残し、私はお店の中へと急いだ。


「ただいま戻りました!」


「君、何時までお使いに回ってるの?道で草を食べてこいなんて、一つも言ってないんだけど」


予想通りの嫌味に私は、肩を竦めた。


「すいません。途中で困ってる人が居たので…でもその人は恭一郎さんのお知り合いでしたよ」


「俺の知り合い?」


私は店先で佇む男性に再度肩を貸し、お店の中へと案内をした。


「鳴雷さん…いや…今は鳴神さんかな?久しぶりだね」


「あんた…伴か?」


二人の間に妙な空気が漂うことに、私は一人気づけずにいた。





「いったい何の用です?」


陽菜には伴の草履の修理を任せ、店の奥へと行かせた。


「そんなに邪険にされると傷つくな…鳴神さんが心配でわざわざ出向いたのに」


伴は薄く笑みを零しながら椅子に腰掛け、店の中をぐるりと見渡している。


「あんたに心配される謂れはない」


「同郷のよしみじゃないか」


「………」


確かに俺は伴と同じ甲賀の忍だった。


しかし俺が甲賀の里に居た時に親しくした覚えはないし、その後俺は伊賀へと人質に出された為、関わった期間も殆どない。


「志真ちゃんの申し出を断ったんだって?志真ちゃん残念がっていたよ」


「俺は忍である事を捨てた。それに従兄弟とはいえ面識のない奴に加担する気はない」


「そうか…でもこの話は、あのお嬢さんにとっては美味しいと思うんだけどなぁ」


伴は感情の読み取れない笑い顔を俺に向けた。


「陽菜が?どういう意味です?」


「おや?鳴神さんは彼女の『価値』をご存知ないのかな?」


含みを持たせた笑い顔に虫唾が走るが、俺は落ち着いて問いかけた。


「あの子がなんだって言うんですか?」


「『織田信長の切り札』この言葉を知らないかな?」


「なっ?!」


伊賀の里で聞いたことがある。


織田信長は『秘薬』を持っていて、それは人の生死に大きく関わるものだと。


「陽菜がその作り手だってこと?」


「ふふふっ…本当に知らないんだね」


伴は楽しそうに言葉を続ける。


「知ってるかな?あの子は伊賀の抜け忍だよ。まぁ里自体が伊賀を裏切ったんだけどね。里は転々と居場所を変えていたようだけどね…襲撃を受けて壊滅状態に近くなってしまったんだよ。誰の仕業かはわからない。もしかしたら織田信長が『用無し』と判断して襲わせたのかもしれないし、伊賀の静粛なのかもしれない。だから里の連中は織田信長の動向を探りつつ、新たな後ろ盾を探していたんだ」


楓が志真の申し出を受け入れた意味がようやくわかった。


「俺としては『三葉』ではなく『織田信長の切り札』を引き入れたかったんだけど…」


「あんた…陽菜を利用する気か?!」


ニヤリと笑う伴に怒りが込み上げてくる。


「おやおや、利用だなんて人聞きの悪い。俺は『価値あるもの』の価値を活かそうとしているだけだ」


「貴様…」


伴に掴みかかろうとしたその時、陽菜の足音が聞こえてきた。


俺は上げた腕を下ろし、舌打ちをした。


「今日はあのお嬢さんに助けられてばかりいるな…ふふっ」


「陽菜に付き纏うな。また現れたら…」


「俺を始末する?忍である事を捨てた鳴神さんに、それが出来るかな?」


伴は人が良さそうな顔で笑う。


俺は怒りを抑えるので精一杯だった。


「お待たせしました。鼻緒直りましたよ」


何も知らない陽菜は、笑顔で伴に草鞋を渡した。


「あぁ…お嬢さんには世話をかけてしまったね。本当に感謝しているよ」


伴は何事もなかったかの様に笑みを浮かべ、草鞋を履いて立ち上がった。


「じゃあね、鳴神さん、お嬢さん…またね」


「…」


「はい、気をつけて」


俺は黙って伴を見送る事しか出来なかった。


「恭一郎さん?どうかしましたか?」


様子がおかしいと思ったのだろう、陽菜が心配そうに俺を見上げている。


「古い知り合いにあって感傷的になっただけだから」


そう言い誤魔化してやり過ごす。


「今晩出かけるから夕餉は要らない。雷太の面倒頼むよ」


「あっ…はい」


俺は知らない。


陽菜の正体も此処にいる本当の目的も。


そして俺をどう思っているかも。


これから俺達に降りかかる災難も…何も知らずにいた。











ꔛ‬𖤐


ようやく『怪しいおじさん』伴さんの登場です


伴さんの魅力活かしきれるか、私(ノ)`ω´(ヾ)コネコネ


伴さんは志真さんルートでは悪人だから


たぶん違う人ルートに出ても悪人だろう


あっ…フォローになってない(/▽≦\) アチャー






タイトルの『わざわい』と読みます


コロナ禍の中で何度となく見てきた漢字です


この後の展開は(ΦωΦ)フフフ…