夏祭りは無事終わり、騒がしかった城下も何時もの賑わいに戻っている。


俺、鳴神恭一郎は朝餉を終え、店を開く準備を始めた。

 

商品を並べ終え店の扉を開けた瞬間、鬼の形相をした楓に遭遇した。


「ちょっと恭一郎!どういう事かしら!?陽菜ちゃんが暴漢に襲われたって聞いたわ。おまけに貴方、陽菜ちゃんを『俺の女』って言ったらしいわね」


若干真実が捻じ曲げられているが、大筋は間違っていない。


「はぁ…誰に聞いたのさ?」


「猿飛佐助よ。甲斐に帰る前に会ったの」


(助さんかよ…どこで見てたんだ)


俺はまず楓を落ち着かせ、ゆっくりと事の詳細を教えた。


「陽菜ちゃんが小さな子供を庇って…」


「俺の女なんてのは酔っ払いに対する為のハッタリだよ」


「そう…」


それでも楓は怒りが収まらぬ様子だ。


それはそうだろう。


大切な子が安心して預けた先で言い争いに巻き込まれた上、怪我まで負いそうになったのだから。


「まぁ…陽菜ちゃんが無事だったなら良かったわ。あと…陽菜ちゃんを助けてくれて有難う」


楓は渋々礼を言った。


「で、陽菜ちゃんは?」


「朝餉の後片付け中。上がったら?」


楓は少し考える振りをして、俺に告げた。


「…陽菜ちゃんを連れて帰ろうと思うの」


「…」


突然の事に言葉が出ない。


楓は声を抑えながら言葉を続ける。


「伏せていたけど、私達は伊賀の抜け忍なの。そして今、甲賀の者だと名乗る『望月志真』に『一緒に伊賀に対抗出来る新しい里を作らないか』と誘われている。悪くない話だと思ってる」


「ふぅん」


俺は興味無さそうに返事をしたが、内心は複雑だった。


「もちろん陽菜ちゃんの意思を尊重するわ」


そして『望月志真』という名に引っかかりを感じていた。


(助さんが言ってたな。『望月志真』が仲間を探しているから、協力してやったらどうだって…)


「その『望月志真』は信頼に足る人間なわけ?」


「何度か会って話をしたわ」


「そう…」


少し考えていると、誰かが店に入ってきた。


旅人風の青年だ。


「あれぇ?楓ちゃんじゃない。偶然だね」


「あら…貴方どうして此処に?」


「ちょっとね〜」


楓の知り合いらしいその青年は店の中をぐるりと見渡し「ここは、『鳴雷恭一郎』の店だよね?」と尋ねてきた。


(何故今になって『鳴雷』の名が出てくる…)


「『鳴雷』なんて奴は居ないよ。人違いでは?」


俺は落ち着いて知らぬふりをした。


しかし青年は俺の顔をジロジロと見て「やっぱりそうだ!」と叫んだ。


「あっ…初めましてだね。俺は望月志真。恭さんの従兄弟だよ」


「はぁ?従兄弟が居るなんて話はまったく初耳なんだけど」


初対面で親戚と言われても、まったく覚えがない。


訝しく思っていると、楓が「とりあえず中で話さない?」と提案してきた。


俺は渋々開けた店を閉め、二人を奥の部屋へと案内した。






陽菜を含めた四人で机を囲む。


陽菜はここに集まった意図がわからず、混乱している様子だ。


「じゃあ改めまして自己紹介ね。俺は望月志真。バラバラになっている甲賀忍を集めて、新しい里を作ろうとしているとこ。まぁ甲賀じゃ非ずとも協力出来る相手を探しているんだけど。此処にいる楓ちゃんにも同じ提案をしていて、今のところは良い返事を貰ってる」


「…恭一郎も甲賀の忍ってこと?」


「そうだよ。楓ちゃんは知らなかったの?」


「俺は君みたいな従兄弟が居るなんて初耳だ」


「そりゃそうだよ。俺は幼い頃に里から出されて武家の養子にされたし、恭さんは伊賀へ人質に出されたでしょ」


志真がペラペラと俺の事情を話し出す事に待ったをかけたかったが、もう遅い。


「陽菜ちゃん、順を追って話したかったけど…三葉はこの望月志真の申し出を受け入れようと思うの。だから…もう帰ってこない?」


皆の視線が陽菜へと注がれる。


「恭一郎も抜け忍?なの?そうじゃなくでも、追手が来たら二人で抵抗出来るとは思えない。帰って皆といる方が安全だわ」


「私は…」


「俺は協力しない」


迷い言葉を選んでいる陽菜の発言を遮り、俺は立ち上がった。


「俺は俺が選んだ道を行く。誰にも縛られない。他を当たってくれ」


そして陽菜に向かって言葉を投げた。


「君は君の好きにすればいい。俺は止めない」


陽菜が何か言いたそうな顔をしていたが、俺は黙って背を向けた。






その日は一日落ち着かず、外出する振りをして店の屋根上で一人佇んでいた。


今頃、楓と陽菜は出立の準備をしているだろう。


「明日になれば…前の日常に戻るだけだ」


俺は一人ではない。


雷太がいる。


最初からそうだった。


だが考えれば考えるほど、胸にポッカリと穴が空いたような感覚に陥る。


やがて灯りが消え、二人は眠ったのだと気づく。


俺はそっと自分の部屋に戻り、寝支度をして褥に潜り込んだ。


あまり相手をしてやらなかったせいだろう、雷太が褥に潜り込んで来た。


「ちょっと雷太!暑いから別で寝てくれない?」


「コンコン!」


抗議の声を上げる雷太は、俺にピッタリとくっついて離れない。


「ものすごく暑いんだけど…」


「コン♪」


「まったく…しょうがないなぁ」


俺は雷太を抱きしめ、目を閉じた。


「お前は…離れずにいてくれ」






翌朝俺は身支度をし、簡単に朝餉を取ろうと台所へ向かった。


(と言っても、俺一人じゃあ何も作れないのだけど)


何故か台所から焦げ臭い匂いがしてきた。


(まさか…)


俺は慌てて台所へと向かった。


「恭一郎さん、おはようございます」


そこには何時もと変わりのない陽菜がいた。


「朝餉の準備出来ましたから、待っててください」


「君…なんで…楓は?」


呆然と立ち尽くす俺に、陽菜は照れ臭そうな笑みを浮かべる。


「楓ちゃんは里に帰りました。私はもう少し、自分で自分のやれることを探してみたくて」


「里に戻って、志真と合流した方がやれる事多いんじゃないの?」


「そうなんですけど…私、自力で何でも出来るようになりたいんです。だからもう少し恭一郎さんの元で勉強させてください」


そう言って頭を下げる。


「だったら…料理の腕を上げるのが先決じゃない?何時まで苦い魚を食べさせられるわけ?」


「今日はそんなに焦げてませんよ」


「どうだか…」


俺は陽菜に背を向け、奥の部屋へと向かう。


失ってしまったと思った日常はまだ俺の側にあって…俺は安堵のため息を零した。


「恭一郎さん、お待たせしました」


「その味噌汁の具、また繋がってるんじゃない」


「食べられるからいいじゃないですか」


「胃の中に入れば良いって訳じゃないでしょ」


俺の何時ものお小言に、陽菜が何時もの返事を返す。


この平穏な日々は何時か壊されるだろう。


(それでも…)


今は目の前にある日常を大事にしたいと思った。







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サラッと夏祭りの後日談を書き始めたら、何故か志真さん登場(๑◔‿◔๑)?


でも、おかげでお話が少し進んだ?感じ?


実は夏祭りの余波はまだ終わってません。


信長さまと秀吉さまが絡んできます、たぶん。


佐助さんもまた清洲に現れます、たぶん。


朔夜は…出てこないかも、たぶん。


。・*・:≡( ε:)