「次はこれ持っていって。終わったら次の仕事があるからね」
「はい!」
陽菜は勢い良く返事をして、夏祭りの会場中を走り回っている。
夜空の下、白地に鮮やかな蝶が描かれている浴衣を着た陽菜が動くたびに、蝶が舞う様に見えた。
「陽菜ちゃんはよく働くね。手伝いに来てくれて助かったよ。鳴神さんも助かってるだろう」
「彼女は居候ですから、それなりに働いて貰わないとね」
俺は軽く肩を竦めた。
しかし陽菜は、俺の想像以上に働いてくれているのは事実だ。
(この調子なら…今晩の主役の花火が上がる頃には忙しさも収まるかな)
「恭一郎さん、行ってきました」
「おー!陽菜ちゃんご苦労さん。お茶でも飲んでちょっとは休みなよ」
陽菜は差し出されたお茶を飲み干し、力こぶを作って笑う。
「大丈夫です。お祭りに参加させてもらって楽しいし」
「単純だな。まぁ…そこが君の長所なのかもね」
俺は次の用事を陽菜に手渡し見送った。
帳面を確認していると、ふいに声をかけられた。
「鳴神さん、繁盛してるみたいだね」
「秀吉様…先日は失礼をいたしました」
深く頭を下げると、カラリとした返事が返ってきた。
「あはは、大丈夫だよ。俺も大人気なかったしね。陽菜ちゃんも祭りに参加して楽しそうにしてるし、良かった。それから…」
秀吉様は俺の耳元で囁いた。
「忠告…質の悪い連中が数人いる。俺も含め数人で警備に当たってるけど、十分に気をつけて」
「忠告有難うございます。最後まで平穏に済めば良いですね。何かあれば連絡しますよ」
出入りの激しい祭りに、ならず者が紛れ込んでいる事は珍しくはない。
(騒ぎが起きなければ良いけど…)
立ち去る秀吉様と入れ違いに陽菜が帰ってきた。
「恭一郎さん、次は…」
「一段落したから、この周辺の露店なら見て回っても良いよ。十分働いてもらったからご褒美ね」
「良いのですか!」
陽菜はキラキラと目を輝かせ、興奮を隠せないでいる。
「ただし、俺の目に届く範囲で。くれぐれも厄介事を起こしたり、巻き込まれたりしないでよ」
「はい!」
陽菜は元気よく返事をして、近くの露店へと走っていった。
「鳴神さん…これなんだけど」
「はい、あぁ…それは」
呼ばれてほんの少し陽菜から目を離した。
俺はそれを酷く後悔することとなる。
近くの露店を見て回っていると、子供の鳴き声が聞こえた。
様子を見に行くと、いかにも質の悪い男が子供に対して怒鳴り散らしている。
「ちょっと待ってください」
私は子供を庇うように男の前に立ちふさがった。
「なんだこるぁぁ」
男からはお酒の匂いが酷くした。
「そのガキがぁ俺にぃぶつかってきたんだ、こるぁ…」
呂律が回らないほど酔っている男に嫌悪感を抱きながら、私は言い返した。
「今日はお祭りで人手が多いんです。ぶつかるくらい、普通にあり得る事じゃないですか」
「なにぃ?貴様俺をバカにしてるぅのか?」
自らこの様な醜態を晒しておいては、馬鹿以外に言い様がないと思った。
でも、私は落ち着いて目の前の男に声をかけた。
「とにかく収めてもらえませんか」
「きさまぁぁ!女のくせに俺に命令する気かぁ?!」
「命令なんてしてません」
後ろの子供がぎゅっと私の浴衣の袖を握りしめる。
その手は震えていて、私がこの小さな存在を守らなくてはと強く思った。
(お祭りじゃなければ、こんな酔っ払いくらい追い返せるのに…)
「とにかく収めてください」
再度落ち着いた声で話かけた。
でも反対に男の癪に触ったのだろうか、男は罵倒しながら腕を振り上げた。
「このアマァ!馬鹿にしやがって!」
(殴られる!)
私は衝撃を覚悟しながらも、目の前の男を睨み続けた。
用事を済ませた俺は陽菜の姿を目で追った。
(居ない…?)
勝手に遠くに行ったとは思えない。
「鳴神さん、一段落したから休むと良い。陽菜ちゃんを連れて、祭りを回ってきたらからどうかな?」
「有難うございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
俺は主催者の会長に一礼し、その場を離れた。
「まさかと思うけど…厄介事に巻き込まれてるんじゃあ無いよね?」
焦る気持ちを抑えながら、周辺を見渡す。
「きさまぁぁ!女のくせに俺に命令する気かぁ?!」
男の怒号が耳に入った瞬間、嫌な予感がした。
(まさか…)
人の波を掻き分け、声のする方へと急ぐ。
その先には酔っ払いと睨み合いをしている陽菜の姿が見えた。
「とにかく収めてもらえませんか」
陽菜は至って冷静だが、相手は相当苛立っている。
嫌な汗が背中を伝う。
俺は焦りながら男の側へと近づいていく。
数回の押し問答の後
「このアマァ!馬鹿にしやがって!」
ついに男が大声を上げ、腕を振り上げた。
(間に合ってくれ…)
傍観していた連中から悲鳴が上がる。
次の瞬間、俺は男の高く上げた腕を掴んだ。
「人の女に勝手に手を出さないでくれる?」
「恭一郎さん?!」
俺はそのまま男を捻り伏せた。
「離せ!」
「離せと言われて離す馬鹿がどこにいる?」
暴れる男の耳元で俺は囁いた。
「この腕一本折るのなんて容易いよ。それとも一生自力では飯が食えないように両腕をへし折ってやろうか?」
俺は男の腕を軽く捻り上げてみせた。
「ひぃ!」
「お前の様に弱い相手に武力や権力を振り回す奴が大嫌いでね…反吐が出る。でも今日は祭りだ。特別に手加減してあげるよ」
「鳴神さん!」
気がつけば秀吉様が俺の腕を掴んでいた。
「鳴神さん落ち着いて…もう大丈夫…もう大丈夫だから」
秀吉様の諭すような声が、俺を徐々に冷静にさせていく。
「ここは俺に任せて。陽菜ちゃんが心配してるから、早く行ってあげて」
「秀吉様…有難うございます」
俺は冷静さを取り戻しつつ、陽菜の元へと急いだ。
陽菜は呆然としながら立ちつくしていた。
「陽菜!怪我は?何もされてない?」
「恭一郎さんが来てくれたので大丈夫です…ごめんなさい、騒ぎを起こしてしまって」
「ホントに!君ってなんでそんなに無鉄砲なわけ?」
本当はこんな事が言いたいんじゃない
「だって、大人は子供を守ってあげなきゃ…」
「守れるほど強くもないくせに?」
あの下衆野郎に指一本でも触れさせたくなかった
「でも誰かが守らなきゃいけませんよね。誰も守らなかったから私が出ました」
「あのまま叩かれたら如何なるか、さすがの君でも見当がつくよね?」
あんな穢らわしい奴と君が接触したと思うだけで虫唾が走る
「でも、何もしなかった方が後悔します」
陽菜は真っ直ぐに俺を射抜くように見つめた。
そうだ…だから惹かれたんだ
馬鹿みたいに真っ直ぐで、自分の心に偽り無く生きている彼女に
「おとぉちゃん…」
突然か細い声が聴こえて、着物の裾を引っ張られた。
すぐ側には、陽菜が守った子供が半泣きの顔で立ち尽くしていた。
「あ…迷子だったんだね。ごめんね、一緒にお父さん探そう」
陽菜はしゃがみ込み、子供の頭を優しく撫でた。
「どうやって父親探しするわけ?やみくもに動いたら行き違いにならない?」
「そうですけど…」
「まったく…厄介ごとにばっかり首を突っ込むんだから」
ため息をつきながら、俺は子供の前でしゃがんだ。
「ほら…肩車してあげるから、乗って」
「うん…」
ゆっくりと立ち上がると、子供は歓喜の声を上げる。
「わぁ!高い!高い!」
「ちょっと…暴れない。お父ちゃんが見えたら叫ぶんだぞ」
「うん!」
「で、君は立ち尽くして何してるの?責任持って一緒に父親探ししてよね」
「はっ…はい」
慌てた陽菜が俺の横を歩く。
「手が空いてないから、君は浴衣でも掴んでて。これ以上迷子の面倒は見れないから」
「はい…」
陽菜は遠慮がちに俺の浴衣の裾を掴んだ。
初めての夏祭りは、俺が心の奥底に閉じ込めようとした想いを剥き出しにした。
それが良かったのか、悪かったのかは、今の俺にはわからなかった。
✼•┈┈┈┈•✼
長くなったので一旦アップ_φ(・ω・๑ )カキカキ
夏祭りはもう一回くらい続きます
8月中にはアップしたいなー
夏祭りの後の展開はやんわりと決まっていて、絶賛コネ(ノ)`ω´(ヾ)コネ中です
秀吉さまがさらにお話に絡んできます
秀吉さまめちゃ活躍やなー(笑)
華と月のヒロインの名は共通して『陽菜』ですが、同一人物ではございません。
あと月の章SSだけいじったのですが
タイトルの横に【キャラ名】が入ったSSは基本一話完結
入っていない月の章SSは恭一郎さんと陽菜のお話で、アップした順は前後していますがお話は繋がっています
そして【夏祭り】シリーズ、華の章SSの【ちよこれいと】、月の章SSの【聖ウァレンティヌスの日】はお話が繋がっています
ややこしくてすまぬー(っ`ω´c)ドロン ҉ パッ