その夜は鬱陶しいくらいの雨が降っていた。

(天すらも俺達に味方してやがる…)

俺は八木邸へと一人足を運んだ。

雨音は俺の足音をかき消していることだろう。

俺は静かに奥の間へと向かった。





今日俺達は島原の角屋で芹沢達をもてなし、八木邸へと帰った後もさらに酒を勧めた。

平山は桔梗屋のお栄、平間は輪違屋の糸里を囲い、芹沢は愛妾のお梅を側に置いていた。

ご機嫌な様子で酒を飲み干す芹沢達は泥酔状態になった。

平山は担がれている事もわからないくらいに酔い潰れ、芹沢も支えがないと歩けないくらいの酩酊状態だ。

俺達は奥の間に芹沢とお梅を、平山とお栄を、枕が並ぶように寝かせた。

平山と芹沢の間に屏風を立てる。

平山の姿が見えなくなったせいか、芹沢は人目も憚らずお梅に覆いかぶさり、お梅の拒絶の言葉は甘い吐息へと変わる。

平間は苦笑いをする俺達に申し訳無さそうに頭を下げ、糸里と共に玄関の南隣の部屋へと消えた。





芹沢達は俺達が寝かした通りの位置で眠っていた。

お栄だけが居ないが、憚りにでも行っているのだろう。

芹沢は高いびきをかいている。

(思惑通りだ…)

その横には湯文字一枚の姿で眠るお梅がいた。

同情という心の揺らぎを抑え、俺は静かに前川邸へと戻った。

そこには黒装束に身を包んだ山南さん、総司、左之助の三人が待機していた。

俺は三人に目で合図を送る。

俺達は雨の中八木邸へと向かった。





部屋に踏み込んだ俺は、再度三人に目で合図を送った。

まず山南さんが平山の首を斬り落とした。

首がゴロリと布団の上に転がった。

総司がお梅の方へふらりと動く。

その瞬間、お梅の首から血が吹き出た。

即死だろう。

それを合図に左之助が芹沢の横にある屏風を蹴り飛ばし、芹沢の動きを封じた。

俺と左之助は屏風の上から芹沢をメッタ刺しにした。

が、芹沢は獣のような叫び声を上げ、屏風を叩き払った。

「こなくそっ!」

左之助が悪態をつく中芹沢は屏風から這い出し、枕元の刀を掴んで隣の部屋へと逃げ込んだ。

俺は芹沢を追った。

芹沢は文机に足を取られ、八木親子の寝ている側に倒れ込んだ。  

仕留めようと刀を振り下ろすが、芹沢は体制を整え立ち上がった。

「チッ」

八木親子に切りつけそうになるのを止めた。

子供の小さな叫び声と母親が子の名前を呼ぶが耳に入った。

(切っちまったか?)

焦りを感じながら芹沢を追う。

体制を整えた芹沢が俺に斬りかかってきた。

「死ねぃ!」

「死にやがれ!」

暗闇の中、刀の重なり合う音だけが響く。

(死んでたまるか!)

激しい鍔迫り合いが続く。

(必ず殺ってやる)

俺は芹沢へと真っ直ぐに向き合った。

肩で息をしている俺をせせら笑っているのか、芹沢も肩を震わせていた。

(くそったれ!)

芹沢は両手で握った刀を頭上へと振り上げた。

『…』

芹沢が何か呟いた。

と同時に、俺は芹沢の懐へと飛び込んだ。

クジュ

肉の切れる音がした。

(俺は生きているのか?)

俺はさらに刀に力を入れた。

生温かい液体が俺の顔を嬲る。

頭の上で、芹沢の絞りだすような声が響いた。

「見事…だ」

それが俺が聞いた、芹沢の最期の言葉だった。





俺は血糊を洗い流し、着替えて近藤さんの元へと向かった。

「帰ったぜ、近藤さん」

「あぁトシか…」

本を読んでいた近藤さんは、真っ直ぐに俺へと向き直った。

「終わったのか?」

「あぁ」

「そうか…」

俺はそれ以上何も言わずに、近藤さんの側を離れた。

止まぬ雨の中、近藤さんの嗚咽が微かに聞こえる。

「ひでぇ雨だ。音が屯所中に響いてやがるぜ」

そう呟きながら寝床へと潜った。

雨よ…近藤さんの哀しみを全部流してくれ。

そんな事を考えながら、俺は静かに目を閉じた。