私がかわいい女であれば、もっと幸せでいられたのだろうか。
私が皆が言うように女らしくしていれば、それで良かったのだろうか。
この手に持つ銃を女子らしく針に変え、もっと薙刀の腕を上げていれば、私は照姫様のお側に上がる事が出来たのであろうか。
全ては推測でしかない。
針の腕を上げる努力をしなかった私は銃を手放す事が出来ず、薙刀で戦う事に限界を感じていた。
だから『もしも』なんて世界は、私の中ではありえないのだ。
「まぁまぁ、なんて綺麗なんでしょ!」
「八重さん、本当に綺麗よ」
鏡に映る自分はまるで借りてきた姿のようだった。
美しい白無垢に身を包み、ひいた事のない紅をさし、すまし顔で佇むこの女はいったいどこのどいつなのだろう。
「覚馬にも見せたいわ、この八重の晴れ姿。きっと泣いて喜ぶわ」
兄様が見たら即行噴出すに違いない。
その目に浮かぶ涙は嬉しさではなく、可笑しさから出たものであろう。
(兄様の反応なんかどうでもいい…)
慣れぬ衣装に動きを制限された私は、手を引かれ、言われるがままに足を運ぶ。
(尚之助様はなんとおっしゃるだろうか…)
俯き加減で足を進めていると、脇から袴の裾が見えた。
その人物は私に何か声をかけようとした様子だったが言葉を飲み込み、躊躇いがちな様子で微動だにしない。
「花婿様は花嫁様の美しさに見惚れて、何も言えないご様子だわ!」
女達の茶化すような言葉と笑い声に私は強い恥を感じて、ますます顔が上げられなくなった。
いっそこの場で私との婚儀は取り止めますと失礼な宣言をされた方が、気が楽になると思う。
「…八重さん、綺麗ですよ」
「お世辞ならよしてください」
「世辞ではありません」
「綺麗なんて言葉、私には似合いません。それは尚之助様もよくご存知でしょう。私は女としてはずいぶん毛色の変わった人間です。貴方の妻となると決めた事で、貴方に酷く恥を掻かせる事になったと、今も深く深く後悔しております」
こんな台詞をこの場で吐き出すくらいなら、何故この話を断らなかったのだろうか。
兄、覚馬の強い勧めであったとか、父に安心してもらいたかったとか、尚之助様の将来に有利だとか…それらは完全に言い訳で、私が単に優柔不断であったという事だ。
「では、言い方を変えましょう。貴女はhandsomeな女です。だから私は貴女を選びました。貴女は私の求婚を受けた事を後悔しているのですか?」
「何ですか?は…んさ…む?って?」
「容姿が美しいという意味のえげれす語です」
「…ご冗談を」
図々しくも人並みくらいの容姿だと思ってはいるが、その褒め言葉は私には重すぎる。
十分に社交辞令と理解していても、笑って受け流す事は出来なかった。
「冗談ではなく本気ですが」
「…」
苦虫を潰したような顔をしている私に、尚之助様は言葉を続けた。
「私はこの言葉は容姿だけに止まらず、生き様や生き方、人となりを称える言葉でもあるべきだと考えています。貴女は周りに流される事なく、自分を貫き通し生きている。それでいて柔軟であり、人に優しくあろうとしている。私はそんな生き方を美しいと思い、そんな貴女を美しいと感じています。だからこそ私は貴女を選びました。貴女はそれを受けた事を後悔しているのですか?」
「いいえ…」
声が震えるのを押さえる事で精一杯だ。
それでも私は言葉を搾り出した。
「貴方が私自身を受け止めてくださったから、私は貴方と共に歩む事を決めたのです。『はんさむ』が生き方や人となりを褒める言葉でもあるのなら、この言葉は貴方にこそ相応しい言葉です。ありがとうございます。こんな私を選んでくれて」
もっと伝えたい言葉がたくさんあるのに、残りの言葉の全ては嗚咽に変わりそうだったから、私は口を噤んだ。
不覚にも零れ落ちた一筋の涙を、尚之助様の指が優しくなぞる。
「八重さん、泣いてしまっては、はんさむな顔が台無しになりますよ」
「はい…すいません」
顔を上げれば、目の前には私を見守る優しい人がいる。
「八重さん、行きましょう」
「はい。もたもたしていてはいけませんね。尚之助様のはんさむな嫁様を、早く皆さまにお披露目せねば!」
私は差し伸べられた手を取った。
この瞬間から、私は生まれ変わる。
銃を手にした単なるお転婆な女子から、強く真っ直ぐに生きる女へと。
貴方が認めてくれた、はんさむな女へと。
「※山本八重と川崎尚之助のお話でした
私は新島譲より川崎尚之助の方が好きです
山本八重、新島八重の呼び名はあっても、川崎八重はない
そんなのおかしいと思い、書いた覚えがあります(これは再録です)
私が皆が言うように女らしくしていれば、それで良かったのだろうか。
この手に持つ銃を女子らしく針に変え、もっと薙刀の腕を上げていれば、私は照姫様のお側に上がる事が出来たのであろうか。
全ては推測でしかない。
針の腕を上げる努力をしなかった私は銃を手放す事が出来ず、薙刀で戦う事に限界を感じていた。
だから『もしも』なんて世界は、私の中ではありえないのだ。
「まぁまぁ、なんて綺麗なんでしょ!」
「八重さん、本当に綺麗よ」
鏡に映る自分はまるで借りてきた姿のようだった。
美しい白無垢に身を包み、ひいた事のない紅をさし、すまし顔で佇むこの女はいったいどこのどいつなのだろう。
「覚馬にも見せたいわ、この八重の晴れ姿。きっと泣いて喜ぶわ」
兄様が見たら即行噴出すに違いない。
その目に浮かぶ涙は嬉しさではなく、可笑しさから出たものであろう。
(兄様の反応なんかどうでもいい…)
慣れぬ衣装に動きを制限された私は、手を引かれ、言われるがままに足を運ぶ。
(尚之助様はなんとおっしゃるだろうか…)
俯き加減で足を進めていると、脇から袴の裾が見えた。
その人物は私に何か声をかけようとした様子だったが言葉を飲み込み、躊躇いがちな様子で微動だにしない。
「花婿様は花嫁様の美しさに見惚れて、何も言えないご様子だわ!」
女達の茶化すような言葉と笑い声に私は強い恥を感じて、ますます顔が上げられなくなった。
いっそこの場で私との婚儀は取り止めますと失礼な宣言をされた方が、気が楽になると思う。
「…八重さん、綺麗ですよ」
「お世辞ならよしてください」
「世辞ではありません」
「綺麗なんて言葉、私には似合いません。それは尚之助様もよくご存知でしょう。私は女としてはずいぶん毛色の変わった人間です。貴方の妻となると決めた事で、貴方に酷く恥を掻かせる事になったと、今も深く深く後悔しております」
こんな台詞をこの場で吐き出すくらいなら、何故この話を断らなかったのだろうか。
兄、覚馬の強い勧めであったとか、父に安心してもらいたかったとか、尚之助様の将来に有利だとか…それらは完全に言い訳で、私が単に優柔不断であったという事だ。
「では、言い方を変えましょう。貴女はhandsomeな女です。だから私は貴女を選びました。貴女は私の求婚を受けた事を後悔しているのですか?」
「何ですか?は…んさ…む?って?」
「容姿が美しいという意味のえげれす語です」
「…ご冗談を」
図々しくも人並みくらいの容姿だと思ってはいるが、その褒め言葉は私には重すぎる。
十分に社交辞令と理解していても、笑って受け流す事は出来なかった。
「冗談ではなく本気ですが」
「…」
苦虫を潰したような顔をしている私に、尚之助様は言葉を続けた。
「私はこの言葉は容姿だけに止まらず、生き様や生き方、人となりを称える言葉でもあるべきだと考えています。貴女は周りに流される事なく、自分を貫き通し生きている。それでいて柔軟であり、人に優しくあろうとしている。私はそんな生き方を美しいと思い、そんな貴女を美しいと感じています。だからこそ私は貴女を選びました。貴女はそれを受けた事を後悔しているのですか?」
「いいえ…」
声が震えるのを押さえる事で精一杯だ。
それでも私は言葉を搾り出した。
「貴方が私自身を受け止めてくださったから、私は貴方と共に歩む事を決めたのです。『はんさむ』が生き方や人となりを褒める言葉でもあるのなら、この言葉は貴方にこそ相応しい言葉です。ありがとうございます。こんな私を選んでくれて」
もっと伝えたい言葉がたくさんあるのに、残りの言葉の全ては嗚咽に変わりそうだったから、私は口を噤んだ。
不覚にも零れ落ちた一筋の涙を、尚之助様の指が優しくなぞる。
「八重さん、泣いてしまっては、はんさむな顔が台無しになりますよ」
「はい…すいません」
顔を上げれば、目の前には私を見守る優しい人がいる。
「八重さん、行きましょう」
「はい。もたもたしていてはいけませんね。尚之助様のはんさむな嫁様を、早く皆さまにお披露目せねば!」
私は差し伸べられた手を取った。
この瞬間から、私は生まれ変わる。
銃を手にした単なるお転婆な女子から、強く真っ直ぐに生きる女へと。
貴方が認めてくれた、はんさむな女へと。
「※山本八重と川崎尚之助のお話でした
私は新島譲より川崎尚之助の方が好きです
山本八重、新島八重の呼び名はあっても、川崎八重はない
そんなのおかしいと思い、書いた覚えがあります(これは再録です)