今年は春になっても寒さが厳しく、全国的に花の開花が遅れているという。

気象庁より桜の開花予想が発表されたが、校庭の桜の固い蕾を見ていると本当に咲くのだろうか…と思うのが僕の感想だ。

「おい、校門を閉めるぞ。用事がないならとっとと帰れ。」

「すいません、先生。桜の木を見ていたら、つい時間を忘れてしまって。」

「ふん、どういつもこいつも桜桜桜…桜なんか眺めたって、どうせ考える事は酒を呑む事と美味いもん食う事くらいだろうが。」

先生は桜の木を見上げながら苦笑いをしている。

「先生は桜がお嫌いなのですか?」

「嫌いじゃねぇがな…こぞって『春と言えば桜だ!』なんて言われると、面白くねぇだろ?なんだ…桜を人に例えると…そうだな、取り澄ました面の八方美人ってところだな。」

(周囲に惑わされる事のない、先生らしい言葉だな)

「お前なら春の花と言えばなんて答える?」

「僕ですか?」

突然質問をふられ、焦りが生じた。

今の会話がなければ、僕も春の花と言えば桜と答えただろう。

しかしこの話の流れで桜と答えるなんて、無粋としかいい様がない。

「あっと…えっと…チューリップ…あっ…すいません、ありきたりな答えで。」

「ははっ!そうだな、確かにチューリップも春の花の代表だ。」

(笑った?)

いつも難しい顔をしている先生が声を出して笑った事が珍しくて、僕は先生から目が離せなくなった。

「なんだ?人の顔をジロジロ見やがって。俺の顔になんかついてるのか?」

「いえ!違います!あの…すいません。」

「おめぇはさっきからすいませんばっかりだな。謝る事なんかねぇよ。悪くねぇなら謝るな。男だろうが。」

先生とまともな会話をするのは、これが初めてだ。

ひどく緊張しているものの、僕は心地さを感じていた。

それにこの先生がこんなにもおしゃべりをするなんて、思ってもみなかったんだ。

怒鳴る・怒る・叱る

先生の声といったら、この三つしか思い浮かばないと皆は口を揃えて言うと思う。

僕もついさっきまでそう思っていたんだから。

僕は思い切って質問をしてみる事にした。

「先生の好きな春の花はなんですか?」

「俺か?そうだな…梅…だな。そこに咲いてるだろ。」

先生が指差した先には、白と赤の花をつけた木が佇んでいた。

「そうか!あれは梅の木だったんですね。」

「ふん、桜の木以外はずいぶんと影が薄いみてぇだな。」

先生は白い花をつけた木に手を伸ばし、枝をしならせ手を放した。

純白の花吹雪が先生を包み込む。

それはまるで夢の世界の出来事のようで…花びらと共に先生も消えてしまうような錯覚に陥った。

「春は桜だけじゃねぇ。外を出れば歩道に色取り取りの躑躅、ここの近所の家の庭には木蓮が咲く。」

「すいません…何も知らなくて…。」

あまりの無能さに恥ずかしくなり、僕は赤くなった顔を隠すように俯いた。

「かまわねぇよ。今から憶えりゃいいだけだろ?」

先生の大きな手が伸びてきて、僕の頭をくしゃくしゃと撫で回す。

(あっ…)

何故か『懐かしい』という感覚が僕の心を支配した。

同時に先生から離れがたいとも思った。

(なっなんなんだよ、それ。まるで女みたいだな)

恥ずかしさからますます顔が赤く火照り、顔を上げる事も言葉を発する事も出来なってしまう。

(僕…どこかおかしいのかもしれない)

言い訳にしか聞こえないかもしれないが、好きとかもっと一緒にいたいとかじゃなくて…もっと先生と話をしてみたいと、ただそう思ったんだ。

そんな僕の様子に気がついているのか、ついていないのか、先生は言葉を続ける。

「あぁ、もう一つあるな。妙に懐かしい感じがして…この花が好きだと思うやつがよ。」

先生の長い指が僕の頬をつまみ上げた。

「あっ…」

僕は驚きと緊張で動けなくなってしまった。

と同時に不思議な感覚にとらわれていた。

(前にもあった?こんな場面)

少し腰を落とした先生が、真っ直ぐに僕の目を見つめている。

僕が何か言葉を発しようとした瞬間、先生は満面の笑みを僕に向けた。

「くくっ…おめぇのその顔、牡丹の花みてぇだな。牡丹みてぇに真っ赤に染まってやがる。」


牡丹の花みてぇだな



その言葉が大きな赤い花びらとなり、僕の心の中にヒラリと舞い降りた。










※牡丹華のその後…的なSSです