僕の眼前には真っ青な空と真っ白な入道雲が広がっている。
あれから一年。
蝦夷から一人脱出した僕が、この日野にたどり着いてから…あれから一年が経った。
僕は懐から、そっと小さく折りたたんだ紙を取り出した。
そっと開いてみる。
「鉄く~ん、何見てるのかな~?」
「わっ!ノブさん!!」
慌てて振り向くと、ノブさんがニヤニヤと笑いながら僕の背後に立っていた。
「鉄君ってさ~いっつもその紙切れを眺めては~頬染めて笑ってるんだよね」
「頬染めてって…嫌だな~。僕…笑ってました?」
「うん、その紙眺めてる時はいっつも笑ってる。察するに…好きな女の子からの手紙でしょ?それ」
自慢げに笑うノブさんの顔を見て、僕は我慢出来ず噴出してしまった。
「ぷっ…違う…違うよ…絶対に違う…あははははっ…恋文だなんて…まさか…あはははは…」
「なによ!恋文じゃなかったら何なのよ!」
ふて腐れるノブさんに、僕は手にしていた紙を手渡した。
ノブさんは一瞬躊躇したものの、黙って僕の手から紙を受け取り、マジマジとそこに書かれている文字を目で追っていた。
次の瞬間、ノブさんの顔色が変わった。
「鉄君…これ…」
「本人の直筆だよ。五稜郭の執務室でね、僕がこの歌を気に入ってるって…この歌を見ると怖いものがなくなるんだって言ったら…その場で書いてよこしてくれた。これは僕の大切なお守りなんだ。これがあったから僕は、蝦夷から一人でここまでたどり着くことが出来た」
正直、蝦夷を一人で出ることは怖かった。
それは一人生き残れという意味だと理解していたし、一人になるのなら皆と一緒に最期まで戦って死にたい…そう思っていた。
「ノブさん…僕はね、この人に『戦う』本当の意味を教わったんだ。刀や銃を手に、命を捨てる覚悟で戦う事だけが『戦い』ではない。生きるために…自分の成すべき事を全うするその瞬間まで生き抜く事も戦いなんだだって…土方さんに教えられた。土方さんから与えられた任務を、僕は全う出来たのかはわからない。でも、こうして息をしているって事は、まだ僕にはやるべき事があるって意味だと思うんだ。だから僕は生きる。最期まで生き抜いてみせる。あの白梅のように凛としたあの人の…がむしゃらに戦って消えていった…土方さんの分まで生きてみせる」
梅の花 咲けるときだけ さいて散る
そう呟きながら僕は紙を丁寧に折りたたみ、懐へとしまった。
「でも、土方さんみたいにかっこよく生きられないと思うけどね」
ペロリと舌を出して笑うと、ノブさんの拳骨が僕の頭を直撃した。
「痛っ!」
「何言ってるの!そんなにも立派な目標があるのなら…ちゃんとそれに向かって生きなさい。鉄君は鉄君で、絶対に歳三にはなれない。だけど…近づく事は出来る!絶対に出来る!だって…鉄君は歳三の意思を継いでここまで来たんだから。がんばり屋さんの鉄君なら出来るよ、絶対に!」
ノブさんは真っ赤な顔で、僕に叱咤を繰り返す。
その目には少し涙が滲んでいて、ノブさんが本気でそう言ってくれているのが、僕には十分に伝わった。
「ノブさん…ありがとう」
僕は浅葱色の空に向かって、静かに誓いを立てた。
(僕は貴方に近づいてみせる。貴方のように…強く…強く生きてみせる)
お守りを差し込んだ胸の辺りが、何故か熱く感じた。
(なんだろ?胸の辺りがポカポカしてきた?)
その余韻を打ち消すように、ノブさんの大声が僕の耳に響いた。
「ほら!鉄君ぼさっとしない!夕飯の準備手伝ってよ。ただ飯食べさせるほど家は裕福じゃないんだからね」
「はいはい。でも僕、ご飯代以上に働いてるつもりなんだけどな~」
「なに生意気な事言ってるの。鉄君は育ち盛りなんだよ。どれだけご飯お代わりしてると思ってるの!今日一日くらい、いつもの三倍働いたってバチは当たらないわよ」
「は~い。」
僕は家の中に入ろうと庭に背を向けた。
その瞬間強い風が吹き、木々がざわざわと音を立てて大きく揺れた。
ふっと庭に目線を走らせると、何かの影が見えた気がした。
(猫?いや…犬?…気のせいかな?)
強い風が僕の頬を弄る。
風が僕の背中を優しく押した…気がした。
そして今
俺は戦場で凶弾に倒れ、眼前にある浅葱色の空をただ黙って見つめていた。
(ここで…終わるのか?俺は…俺の『成すべき事』は…全う出来たのか…?)
頭の中は迷いでいっぱいだった。
死にたくない
楽になりたい
まだやれる
もう休みたい
気力で体を起こそうとしてみるが、俺の体は鉛のように重く、身じろぎさえも出来ない。
(でもこのままじゃあ…土方さんに顔向けが出来ない。あの人ならまだやれるハズだ…きっとやる…だから…俺も…やらなきゃ…でも…)
でも、この時一番強く思っていた事は
『あの人に会いたい』だった。
顔が見たい
声が聞きたい
名を呼んで欲しい
あの時みたいに
俺の名を呼んで欲しい
ずっとそんな事ばかり考えていた。
だから突然あの人が俺の目の前に現れた時、俺は心底驚いたんだ。
そして恥ずかしさで頭がいっぱいになって…いい年にもなっても「すいません」という言葉しか言えなかった。
おまけに顔を見て安心したせいか、俺は『疲れちゃってもう動けない』なんて弱音を吐いてしまった。
なんて甘えた言葉を口にしているんだろう。
『大馬鹿野郎』って罵倒されて当たり前だ。
でも貴方からの一言が欲しいんだ。
貴方の口からたった一言…
(…鉄)
「はい…」
(俺が与えた任務を、お前一人でよくこなしたな)
「あっ…ありが…とう…ございま…す」
(辛かっただろ?)
「いえ…これでも…俺は…新選組…隊士…で…す…から」
(そうだな、お前は立派な新選組隊士だ。俺は鼻が高い)
「へへっ…うれし…い…な…」
本当に嬉しいんだ。
ずっと欲しかったんだ。
ただ貴方に、誉めてもらいたかったんだ。
子供じみているかもしれないけど
俺は貴方のためなら、どんな辛い任務をこなしてみせると…
ずっと…ずっとそう思っていたんだ。
俺は少しでも、貴方に近づけましたか?
少しでも、貴方のように強く生きられましたか?
俺は成すべき事を…やり遂げる事が出来ましたか?
その答えは今、目の前にあるのかもしれない。
父のような
兄のような
懐かしく、優しい笑顔が見える。
「ひ…じ…かた…さ…ん」
(なんだ?)
「あっ…ありがとう…ござい…まし…た」
最後に
最期に貴方に贈ります。
赤い牡丹の花のようだと言ってくれた僕の笑顔を
ずっと大好きで
俺の憧れだった
死ぬまでずっと
背中を追い続けた
白梅のような貴方へと贈ります。
あれから一年。
蝦夷から一人脱出した僕が、この日野にたどり着いてから…あれから一年が経った。
僕は懐から、そっと小さく折りたたんだ紙を取り出した。
そっと開いてみる。
「鉄く~ん、何見てるのかな~?」
「わっ!ノブさん!!」
慌てて振り向くと、ノブさんがニヤニヤと笑いながら僕の背後に立っていた。
「鉄君ってさ~いっつもその紙切れを眺めては~頬染めて笑ってるんだよね」
「頬染めてって…嫌だな~。僕…笑ってました?」
「うん、その紙眺めてる時はいっつも笑ってる。察するに…好きな女の子からの手紙でしょ?それ」
自慢げに笑うノブさんの顔を見て、僕は我慢出来ず噴出してしまった。
「ぷっ…違う…違うよ…絶対に違う…あははははっ…恋文だなんて…まさか…あはははは…」
「なによ!恋文じゃなかったら何なのよ!」
ふて腐れるノブさんに、僕は手にしていた紙を手渡した。
ノブさんは一瞬躊躇したものの、黙って僕の手から紙を受け取り、マジマジとそこに書かれている文字を目で追っていた。
次の瞬間、ノブさんの顔色が変わった。
「鉄君…これ…」
「本人の直筆だよ。五稜郭の執務室でね、僕がこの歌を気に入ってるって…この歌を見ると怖いものがなくなるんだって言ったら…その場で書いてよこしてくれた。これは僕の大切なお守りなんだ。これがあったから僕は、蝦夷から一人でここまでたどり着くことが出来た」
正直、蝦夷を一人で出ることは怖かった。
それは一人生き残れという意味だと理解していたし、一人になるのなら皆と一緒に最期まで戦って死にたい…そう思っていた。
「ノブさん…僕はね、この人に『戦う』本当の意味を教わったんだ。刀や銃を手に、命を捨てる覚悟で戦う事だけが『戦い』ではない。生きるために…自分の成すべき事を全うするその瞬間まで生き抜く事も戦いなんだだって…土方さんに教えられた。土方さんから与えられた任務を、僕は全う出来たのかはわからない。でも、こうして息をしているって事は、まだ僕にはやるべき事があるって意味だと思うんだ。だから僕は生きる。最期まで生き抜いてみせる。あの白梅のように凛としたあの人の…がむしゃらに戦って消えていった…土方さんの分まで生きてみせる」
梅の花 咲けるときだけ さいて散る
そう呟きながら僕は紙を丁寧に折りたたみ、懐へとしまった。
「でも、土方さんみたいにかっこよく生きられないと思うけどね」
ペロリと舌を出して笑うと、ノブさんの拳骨が僕の頭を直撃した。
「痛っ!」
「何言ってるの!そんなにも立派な目標があるのなら…ちゃんとそれに向かって生きなさい。鉄君は鉄君で、絶対に歳三にはなれない。だけど…近づく事は出来る!絶対に出来る!だって…鉄君は歳三の意思を継いでここまで来たんだから。がんばり屋さんの鉄君なら出来るよ、絶対に!」
ノブさんは真っ赤な顔で、僕に叱咤を繰り返す。
その目には少し涙が滲んでいて、ノブさんが本気でそう言ってくれているのが、僕には十分に伝わった。
「ノブさん…ありがとう」
僕は浅葱色の空に向かって、静かに誓いを立てた。
(僕は貴方に近づいてみせる。貴方のように…強く…強く生きてみせる)
お守りを差し込んだ胸の辺りが、何故か熱く感じた。
(なんだろ?胸の辺りがポカポカしてきた?)
その余韻を打ち消すように、ノブさんの大声が僕の耳に響いた。
「ほら!鉄君ぼさっとしない!夕飯の準備手伝ってよ。ただ飯食べさせるほど家は裕福じゃないんだからね」
「はいはい。でも僕、ご飯代以上に働いてるつもりなんだけどな~」
「なに生意気な事言ってるの。鉄君は育ち盛りなんだよ。どれだけご飯お代わりしてると思ってるの!今日一日くらい、いつもの三倍働いたってバチは当たらないわよ」
「は~い。」
僕は家の中に入ろうと庭に背を向けた。
その瞬間強い風が吹き、木々がざわざわと音を立てて大きく揺れた。
ふっと庭に目線を走らせると、何かの影が見えた気がした。
(猫?いや…犬?…気のせいかな?)
強い風が僕の頬を弄る。
風が僕の背中を優しく押した…気がした。
そして今
俺は戦場で凶弾に倒れ、眼前にある浅葱色の空をただ黙って見つめていた。
(ここで…終わるのか?俺は…俺の『成すべき事』は…全う出来たのか…?)
頭の中は迷いでいっぱいだった。
死にたくない
楽になりたい
まだやれる
もう休みたい
気力で体を起こそうとしてみるが、俺の体は鉛のように重く、身じろぎさえも出来ない。
(でもこのままじゃあ…土方さんに顔向けが出来ない。あの人ならまだやれるハズだ…きっとやる…だから…俺も…やらなきゃ…でも…)
でも、この時一番強く思っていた事は
『あの人に会いたい』だった。
顔が見たい
声が聞きたい
名を呼んで欲しい
あの時みたいに
俺の名を呼んで欲しい
ずっとそんな事ばかり考えていた。
だから突然あの人が俺の目の前に現れた時、俺は心底驚いたんだ。
そして恥ずかしさで頭がいっぱいになって…いい年にもなっても「すいません」という言葉しか言えなかった。
おまけに顔を見て安心したせいか、俺は『疲れちゃってもう動けない』なんて弱音を吐いてしまった。
なんて甘えた言葉を口にしているんだろう。
『大馬鹿野郎』って罵倒されて当たり前だ。
でも貴方からの一言が欲しいんだ。
貴方の口からたった一言…
(…鉄)
「はい…」
(俺が与えた任務を、お前一人でよくこなしたな)
「あっ…ありが…とう…ございま…す」
(辛かっただろ?)
「いえ…これでも…俺は…新選組…隊士…で…す…から」
(そうだな、お前は立派な新選組隊士だ。俺は鼻が高い)
「へへっ…うれし…い…な…」
本当に嬉しいんだ。
ずっと欲しかったんだ。
ただ貴方に、誉めてもらいたかったんだ。
子供じみているかもしれないけど
俺は貴方のためなら、どんな辛い任務をこなしてみせると…
ずっと…ずっとそう思っていたんだ。
俺は少しでも、貴方に近づけましたか?
少しでも、貴方のように強く生きられましたか?
俺は成すべき事を…やり遂げる事が出来ましたか?
その答えは今、目の前にあるのかもしれない。
父のような
兄のような
懐かしく、優しい笑顔が見える。
「ひ…じ…かた…さ…ん」
(なんだ?)
「あっ…ありがとう…ござい…まし…た」
最後に
最期に貴方に贈ります。
赤い牡丹の花のようだと言ってくれた僕の笑顔を
ずっと大好きで
俺の憧れだった
死ぬまでずっと
背中を追い続けた
白梅のような貴方へと贈ります。