五月五日、鉄之助は何事もないように黙々と隊務をこなしている。
「今日も土方さんの為に甲斐甲斐しく働いてるな~」
何も知らない隊士達がからかうように声をかけた。
鉄之助は「土方さんのお世話をする事が僕の仕事ですから」少し寂しげに笑った。
そして時間は刻刻と過ぎて行く。
外が薄暗くなり、鉄之助が五稜郭を出る時が来た。
「鉄、いいか?絶対に死ぬなよ。約束だ」
「はい!土方さんも…絶対に…」
鉄之助は涙を堪えながら、赤い顔をして歯を食いしばっている。
その姿があまりにも可笑しくて、堪えきれなくなった俺はついに笑い出してしまった。
「なっ…いったいなんなんですか!?」
さらに赤い顔をして怒りを露わにしている。
俺は笑いを堪えながら、その赤い頬をそっとつまんだ。
「おめぇの顔、牡丹の花みてぇだな」
鉄之助の体がわずかに震えた。
「笑え。あの赤い花のように。最後まで満開の笑顔を咲かせろ」
「はい…」
引きつりながらも何とか笑顔を作って見せる姿がなんともいじらしい。
「わずかだが路銀を渡しておく。それから…」
俺は腰に差していた愛刀である和泉守兼定を差し出した。
「お前にもう一つ守りをやろう。いざとなったら売り飛ばして、路銀の足しにしろ」
鉄之助は目を見開き躊躇したもの、それを黙って受け取り、二の腕でしっかりと抱きしめた。
「鉄、死ぬな」
「はい、土方さんも」
「あぁ、約束だ」
この約束を果たす事はないだろう。
それはこいつも十分にわかっているハズだ。
(それでも俺は…)
「絶対に犬死はしねぇ。俺は…生きる為にここにいる、生きる為にここで戦うんだからな」
そう言いながら薄く笑みを浮かべ、頭を軽く撫でてやった。
(生き抜いてみせる。この先にあるモノを見届けてやる。必ず…)
「はい!僕も必ず任務を果たして見せます」
最後に満面の笑みを浮かべ、そのままくるりと小さな背を向け執務室出て行った。
俺はぼんやりと、閉じられた執務室の扉を見つめていた。
(やけに静かだ。たかが人一人いなくなっただけじゃねぇか…。ったく…何感傷的になってるんだ…俺は)
落ち着かない気持ちを持て余しながら、窓から外を見下ろした。
五稜郭を去る鉄之助の後ろ姿が見える。
何度も何度も執務室の方を振り返りながら立ち止まり、やがて未練を吹っ切るように走り出した。
「そうだ、走れ。前を見て…前だけを見て…絶対に立ち止まるな」
その小さな背中が闇の中に消えるまで、俺は窓辺から離れる事が出来なかった。
五月十一日、五稜郭に弁天台場が敵兵に囲まれ孤立しているという知らせが入った。
大鳥さんの制止を振り切り、俺はわずかな数の隊士を連れて救出へと向かう。
「君は自ら死にに行くのか!?」の問いかけに「生き抜く為に行くんだよ」と言葉を残して。
馬を走らせ一本木関門まで到達すると、旧幕府軍の兵達が蜘蛛の子を散らすように撤退していく姿が見えた。
「てめぇら!何やってやがる!戻れ!!いいか…ここから逃げる奴は…誰であろうと斬る!」
「土方さんだ…」
「おい!みんな!土方さんが来たぞ!!」
刀を抜き罵声を浴びせると、俄に兵士達から歓喜の声が上がり始めた。
「恐れるな!全員突っ走れ!!」
銃声が轟く中、俺は馬を走らせ敵兵の群れへと突っ込んで行く。
刀を振り下ろすと、絶叫とともに敵兵の首が飛んだ。
血しぶきが飛び、生暖かい血が俺の顔を染め上げる。
生臭い匂いに顔をしかめながら、俺はさらに馬を走らせた。
と同時に、敵兵の中でざわめきが沸き起こった。
「新選組の土方だ…」
「鬼だ…鬼の土方が来た…」
上擦った声で叫ぶ者、慌てて逃げる者、そいつらを面を眺めていると、つい笑みが漏れる。
「ひるむなーーー!!!」
と声を荒げた瞬間、銃声が俺の耳に響いた。
なぜか腹部に熱い痛みを感じる。
次の瞬間、俺の体は馬から投げ出され地面に叩きつけられていた。
「くっ…そ…」
痛みに耐えながら体を起こし、熱く痛みを感じる部分を見た。
腹部に赤い染みが広がっている。
「…ちっ…くっそ…こんなところで…こんなところで俺は…俺は死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」
傍らに落ちていた刀を握り直し、俺は立ち上がり敵兵の群れへと走り出した。
「しゃらくせぇ!!」
刀を振り下ろすと、俺の眼前に無数の赤い花びらが舞う。
生臭い血がさらに顔を濡らす。
(俺はまだ戦える)
きつい血の匂いが、俺の心をさらに奮い立たせる。
(俺はまだ死ぬわけにはいかねぇ…死ねないんだよ)
敵兵の首を狙い刀を振り下ろした瞬間、再度銃声が響いた。
急に体が傾き、立っていられず膝を突いた。
(なぜだ…なぜ気が遠くなる?)
俯く事も出来ないほど体が重い。
だが力を振り絞り、熱く痛む胸を見た。
俺の胸には赤い花が咲いてた。
赤い大輪の花だ。
赤い
赤い
大輪の…
「ぼ…たん…の…はな…みてぇ…だ…な…」
俺が大切にしていた牡丹の花よ。
赤く咲いていた一輪の牡丹の花よ。
お前は今どうしている?
辛くて泣いているのか?
一人で泣いているのか?
泣くんじゃねぇ。
前へ進め。
お前は生きろ。
生きて生きて生き抜くんだ。
いいか?よく聞けよ。
お前は生きろ。
生きろ…
生きろ…
生きろ!!
「はい?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返った。
そんなハズはない。
僕の名を呼ぶ人はここにはいない。
「空耳か…」
なんとなく五稜郭の方向に目を向けた。
突然胸の辺りに何かがスッっと通り過ぎた気がした。
そして一陣の風が吹き、僕の頬を優しく撫でる。
「…」
なぜか胸が締め付けられるように苦しい。
「!?」
ツッ…と涙が一筋頬をつたった。
「あれ?」
手でごしごしと拭くものの、涙は休む事なく溢れ出す。
「おかしいな?」
胸を過ぎる一抹の不安。
それが正しいんだと…きっと涙が教えてくれているのだろう。
「土方さん…もう僕との約束を破って…逝ってしまったのですか…」
言い表せない悲しみと不安が僕を支配してしまい、足が動かない。
でも僕は先へ進まなくてはいけない。
土方さんと約束したんだ。
生きると。
生き抜くと。
なすべき事を遂げるまでは、決して死なないと。
「へへっ…嘘つきだな…土方さんは。最後の最期で…約束を破るなんて…」
僕は歯を食いしばり走り出した。
あの人との約束を守る為に。
与えられた任務を遂行する為に。
僕のなすべき事を遂げる為に。
そして…
あの人の分も生き抜く為に。
「今日も土方さんの為に甲斐甲斐しく働いてるな~」
何も知らない隊士達がからかうように声をかけた。
鉄之助は「土方さんのお世話をする事が僕の仕事ですから」少し寂しげに笑った。
そして時間は刻刻と過ぎて行く。
外が薄暗くなり、鉄之助が五稜郭を出る時が来た。
「鉄、いいか?絶対に死ぬなよ。約束だ」
「はい!土方さんも…絶対に…」
鉄之助は涙を堪えながら、赤い顔をして歯を食いしばっている。
その姿があまりにも可笑しくて、堪えきれなくなった俺はついに笑い出してしまった。
「なっ…いったいなんなんですか!?」
さらに赤い顔をして怒りを露わにしている。
俺は笑いを堪えながら、その赤い頬をそっとつまんだ。
「おめぇの顔、牡丹の花みてぇだな」
鉄之助の体がわずかに震えた。
「笑え。あの赤い花のように。最後まで満開の笑顔を咲かせろ」
「はい…」
引きつりながらも何とか笑顔を作って見せる姿がなんともいじらしい。
「わずかだが路銀を渡しておく。それから…」
俺は腰に差していた愛刀である和泉守兼定を差し出した。
「お前にもう一つ守りをやろう。いざとなったら売り飛ばして、路銀の足しにしろ」
鉄之助は目を見開き躊躇したもの、それを黙って受け取り、二の腕でしっかりと抱きしめた。
「鉄、死ぬな」
「はい、土方さんも」
「あぁ、約束だ」
この約束を果たす事はないだろう。
それはこいつも十分にわかっているハズだ。
(それでも俺は…)
「絶対に犬死はしねぇ。俺は…生きる為にここにいる、生きる為にここで戦うんだからな」
そう言いながら薄く笑みを浮かべ、頭を軽く撫でてやった。
(生き抜いてみせる。この先にあるモノを見届けてやる。必ず…)
「はい!僕も必ず任務を果たして見せます」
最後に満面の笑みを浮かべ、そのままくるりと小さな背を向け執務室出て行った。
俺はぼんやりと、閉じられた執務室の扉を見つめていた。
(やけに静かだ。たかが人一人いなくなっただけじゃねぇか…。ったく…何感傷的になってるんだ…俺は)
落ち着かない気持ちを持て余しながら、窓から外を見下ろした。
五稜郭を去る鉄之助の後ろ姿が見える。
何度も何度も執務室の方を振り返りながら立ち止まり、やがて未練を吹っ切るように走り出した。
「そうだ、走れ。前を見て…前だけを見て…絶対に立ち止まるな」
その小さな背中が闇の中に消えるまで、俺は窓辺から離れる事が出来なかった。
五月十一日、五稜郭に弁天台場が敵兵に囲まれ孤立しているという知らせが入った。
大鳥さんの制止を振り切り、俺はわずかな数の隊士を連れて救出へと向かう。
「君は自ら死にに行くのか!?」の問いかけに「生き抜く為に行くんだよ」と言葉を残して。
馬を走らせ一本木関門まで到達すると、旧幕府軍の兵達が蜘蛛の子を散らすように撤退していく姿が見えた。
「てめぇら!何やってやがる!戻れ!!いいか…ここから逃げる奴は…誰であろうと斬る!」
「土方さんだ…」
「おい!みんな!土方さんが来たぞ!!」
刀を抜き罵声を浴びせると、俄に兵士達から歓喜の声が上がり始めた。
「恐れるな!全員突っ走れ!!」
銃声が轟く中、俺は馬を走らせ敵兵の群れへと突っ込んで行く。
刀を振り下ろすと、絶叫とともに敵兵の首が飛んだ。
血しぶきが飛び、生暖かい血が俺の顔を染め上げる。
生臭い匂いに顔をしかめながら、俺はさらに馬を走らせた。
と同時に、敵兵の中でざわめきが沸き起こった。
「新選組の土方だ…」
「鬼だ…鬼の土方が来た…」
上擦った声で叫ぶ者、慌てて逃げる者、そいつらを面を眺めていると、つい笑みが漏れる。
「ひるむなーーー!!!」
と声を荒げた瞬間、銃声が俺の耳に響いた。
なぜか腹部に熱い痛みを感じる。
次の瞬間、俺の体は馬から投げ出され地面に叩きつけられていた。
「くっ…そ…」
痛みに耐えながら体を起こし、熱く痛みを感じる部分を見た。
腹部に赤い染みが広がっている。
「…ちっ…くっそ…こんなところで…こんなところで俺は…俺は死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」
傍らに落ちていた刀を握り直し、俺は立ち上がり敵兵の群れへと走り出した。
「しゃらくせぇ!!」
刀を振り下ろすと、俺の眼前に無数の赤い花びらが舞う。
生臭い血がさらに顔を濡らす。
(俺はまだ戦える)
きつい血の匂いが、俺の心をさらに奮い立たせる。
(俺はまだ死ぬわけにはいかねぇ…死ねないんだよ)
敵兵の首を狙い刀を振り下ろした瞬間、再度銃声が響いた。
急に体が傾き、立っていられず膝を突いた。
(なぜだ…なぜ気が遠くなる?)
俯く事も出来ないほど体が重い。
だが力を振り絞り、熱く痛む胸を見た。
俺の胸には赤い花が咲いてた。
赤い大輪の花だ。
赤い
赤い
大輪の…
「ぼ…たん…の…はな…みてぇ…だ…な…」
俺が大切にしていた牡丹の花よ。
赤く咲いていた一輪の牡丹の花よ。
お前は今どうしている?
辛くて泣いているのか?
一人で泣いているのか?
泣くんじゃねぇ。
前へ進め。
お前は生きろ。
生きて生きて生き抜くんだ。
いいか?よく聞けよ。
お前は生きろ。
生きろ…
生きろ…
生きろ!!
「はい?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返った。
そんなハズはない。
僕の名を呼ぶ人はここにはいない。
「空耳か…」
なんとなく五稜郭の方向に目を向けた。
突然胸の辺りに何かがスッっと通り過ぎた気がした。
そして一陣の風が吹き、僕の頬を優しく撫でる。
「…」
なぜか胸が締め付けられるように苦しい。
「!?」
ツッ…と涙が一筋頬をつたった。
「あれ?」
手でごしごしと拭くものの、涙は休む事なく溢れ出す。
「おかしいな?」
胸を過ぎる一抹の不安。
それが正しいんだと…きっと涙が教えてくれているのだろう。
「土方さん…もう僕との約束を破って…逝ってしまったのですか…」
言い表せない悲しみと不安が僕を支配してしまい、足が動かない。
でも僕は先へ進まなくてはいけない。
土方さんと約束したんだ。
生きると。
生き抜くと。
なすべき事を遂げるまでは、決して死なないと。
「へへっ…嘘つきだな…土方さんは。最後の最期で…約束を破るなんて…」
僕は歯を食いしばり走り出した。
あの人との約束を守る為に。
与えられた任務を遂行する為に。
僕のなすべき事を遂げる為に。
そして…
あの人の分も生き抜く為に。