今晩の土方さんはずいぶんと上機嫌だ。
どうやって手に入れたのか大きな酒樽を用意し、隊士一人一人に自らお酒を振舞っている。
僕はせっせとお椀を指し出し、足りなくなっては取りに行く…を繰り返していた。
(最近ちょくちょく外出していたのは、きっとこれを手に入れるためだったんだな)
僕には詳しい事情などわからないが、最近周りはものすごくピリピリとしている。
その空気が伝染したのか、僕の心は落ち着かなかった。
近く大きな動きがあるのかもしれない。
(この戦いも終わりに近づいているのかな…)
だが恐れる事は一つもない。
僕にはお守りがある。
僕はそっと懐から布に包んだ紙を取り出した。
梅の花 咲ける日だけに さいて散る 豊玉
(そう言えばこれをもらった時『本人の直筆』とか言ってなかったっけ?土方さんが俳句を嗜むとは聞いていたけど…まさかね)
「おい!小僧。お前も呑め!」
「わわっ!」
後ろからいきなり肩を掴まれ、僕は慌ててお守りを懐に押し込んだ。
「あの…それってお酒ですよね?僕お酒はのめな…」
「いいから呑め!御大将自ら用意した酒だぞ」
たった一杯ではあるが、土方さん自ら用意して振舞ったという事で鼓舞されたのだろう。
その隊士はなみなみとお酒の注がれたお椀を僕に押し付け、上機嫌で腕を振り回し暴れている。
(弱ったな…僕お酒飲んだ事ないんだけど)
鼻をつまんで飲み干そうか…と迷っていると、後ろから誰かが僕のお椀を取り上げた。
「鉄、無理に飲むな。酒の飲めない奴が無理に飲んだら、ろくな事にならねぇぞ」
「土方さん」
「ガハハハハ…副長がそうおっしゃると、かなり説得力がありますな」
「うるせぇ!黙れ島田!昔の事じゃねぇか!」
土方さんが不機嫌な顔をして、島田さんにお椀を押しつけた。
「土方さんは飲まないのですか?」
「ん?俺か?酒はあまり好きじゃねぇ。酒よりお前が入れる茶の方が数倍美味いな。それに今晩は酔ってなんかいられねぇ…」
最後の言葉を聞いて、何故か僕の体に緊張が走った。
(胸騒ぎがする。)
「どうした?おかしな顔しやがって」
「いえ…今…今敵襲を受けたらどうしようかと…そう思って…」
「安心しろ。今晩は何も動かない」
しかしその言葉を聞いても、ざわざわとした気持ちが治まる事はない。
「そう…ですか」
やっと吐き出した返事も、少し震えている。
「寒いのか?春とはいえ夜はまだ少し寒いからな。部屋に戻るか?」
(落ち着かない…嫌な予感がする。)
なかなか立ち上がらない僕の手を、大きな手が包み込んだ。
「ちいせぇ手だな、ガキみたいによ。いや…俺から見たらまだまだガキだな」
僕は逆らう事なく、土方さんに手を引かれながら執務室へと歩き出した。
外の喧騒がやけに遠くに聞こえる。
執務室の中がやたらと静かで、まるで僕と土方さんだけが違う世界に飛ばされたみたいだ。
耳鳴りと心臓の音だけが大きく頭に響く。
不意に土方さんが口を開いた。
「鉄、お前いくつになった?」
「十六…です」
「そうか」
「土方さんは梅の花がお好きなんですよね?」
何故か土方さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕はまったく関係のない話を口にした。
「あぁ。俺は梅の花が一番好きだ」
「土方さんは梅の花のようですね」
口の中が渇く。
「俺がか?お前まで俺を花に例えるのか?」
土方さんはいつものように僕に笑いかける。
それでも嫌な汗が背中を流れる。
「梅は花柄を持たず枝から直接花が咲いています。少しせっかちなところが、土方さんによく似ていると思います」
「ふん…お前上手い事言うな」
言葉を続けなくてはいけない。
「土方さんは桜の花を八方美人な女人に例えていましたね。では梅は先陣を切って戦う武人のようだと思います。春の暖かさを待たず蕾をつけ、一足先に万人の目を惹きつける。行動力があり、優しくて…真っ直ぐな土方さんによく似ています」
「おだてても何も出ないぞ」
「おだてるなど…そんなつもりは…」
上手く口が回らない。
「鉄…お前今晩はえらくおしゃべりだな」
すいません…もはやその言葉すら口に出来なかった。
「いつもの『すいません』はなしか。そうだな…男は本当に謝らなくてはならない時以外、簡単に詫びの言葉を口にするもんじゃねぇ」
声が出ない。
「俺から見たらまだまだ子供だが、すぐに俺を追い越しちまうんだろうな」
なぜそんな悲しげな顔をしているのですか?
「鉄…」
「は…い…」
やっとの思いで声を絞り出した。
その声も擦れ、上手く言葉を発する事が出来ない。
「お前に頼みがある。いや…違うな。これからお前に重要な任務を与える」
逃れる事の出来ない『その時』は、もう僕の目の前に迫っていた。
どうやって手に入れたのか大きな酒樽を用意し、隊士一人一人に自らお酒を振舞っている。
僕はせっせとお椀を指し出し、足りなくなっては取りに行く…を繰り返していた。
(最近ちょくちょく外出していたのは、きっとこれを手に入れるためだったんだな)
僕には詳しい事情などわからないが、最近周りはものすごくピリピリとしている。
その空気が伝染したのか、僕の心は落ち着かなかった。
近く大きな動きがあるのかもしれない。
(この戦いも終わりに近づいているのかな…)
だが恐れる事は一つもない。
僕にはお守りがある。
僕はそっと懐から布に包んだ紙を取り出した。
梅の花 咲ける日だけに さいて散る 豊玉
(そう言えばこれをもらった時『本人の直筆』とか言ってなかったっけ?土方さんが俳句を嗜むとは聞いていたけど…まさかね)
「おい!小僧。お前も呑め!」
「わわっ!」
後ろからいきなり肩を掴まれ、僕は慌ててお守りを懐に押し込んだ。
「あの…それってお酒ですよね?僕お酒はのめな…」
「いいから呑め!御大将自ら用意した酒だぞ」
たった一杯ではあるが、土方さん自ら用意して振舞ったという事で鼓舞されたのだろう。
その隊士はなみなみとお酒の注がれたお椀を僕に押し付け、上機嫌で腕を振り回し暴れている。
(弱ったな…僕お酒飲んだ事ないんだけど)
鼻をつまんで飲み干そうか…と迷っていると、後ろから誰かが僕のお椀を取り上げた。
「鉄、無理に飲むな。酒の飲めない奴が無理に飲んだら、ろくな事にならねぇぞ」
「土方さん」
「ガハハハハ…副長がそうおっしゃると、かなり説得力がありますな」
「うるせぇ!黙れ島田!昔の事じゃねぇか!」
土方さんが不機嫌な顔をして、島田さんにお椀を押しつけた。
「土方さんは飲まないのですか?」
「ん?俺か?酒はあまり好きじゃねぇ。酒よりお前が入れる茶の方が数倍美味いな。それに今晩は酔ってなんかいられねぇ…」
最後の言葉を聞いて、何故か僕の体に緊張が走った。
(胸騒ぎがする。)
「どうした?おかしな顔しやがって」
「いえ…今…今敵襲を受けたらどうしようかと…そう思って…」
「安心しろ。今晩は何も動かない」
しかしその言葉を聞いても、ざわざわとした気持ちが治まる事はない。
「そう…ですか」
やっと吐き出した返事も、少し震えている。
「寒いのか?春とはいえ夜はまだ少し寒いからな。部屋に戻るか?」
(落ち着かない…嫌な予感がする。)
なかなか立ち上がらない僕の手を、大きな手が包み込んだ。
「ちいせぇ手だな、ガキみたいによ。いや…俺から見たらまだまだガキだな」
僕は逆らう事なく、土方さんに手を引かれながら執務室へと歩き出した。
外の喧騒がやけに遠くに聞こえる。
執務室の中がやたらと静かで、まるで僕と土方さんだけが違う世界に飛ばされたみたいだ。
耳鳴りと心臓の音だけが大きく頭に響く。
不意に土方さんが口を開いた。
「鉄、お前いくつになった?」
「十六…です」
「そうか」
「土方さんは梅の花がお好きなんですよね?」
何故か土方さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕はまったく関係のない話を口にした。
「あぁ。俺は梅の花が一番好きだ」
「土方さんは梅の花のようですね」
口の中が渇く。
「俺がか?お前まで俺を花に例えるのか?」
土方さんはいつものように僕に笑いかける。
それでも嫌な汗が背中を流れる。
「梅は花柄を持たず枝から直接花が咲いています。少しせっかちなところが、土方さんによく似ていると思います」
「ふん…お前上手い事言うな」
言葉を続けなくてはいけない。
「土方さんは桜の花を八方美人な女人に例えていましたね。では梅は先陣を切って戦う武人のようだと思います。春の暖かさを待たず蕾をつけ、一足先に万人の目を惹きつける。行動力があり、優しくて…真っ直ぐな土方さんによく似ています」
「おだてても何も出ないぞ」
「おだてるなど…そんなつもりは…」
上手く口が回らない。
「鉄…お前今晩はえらくおしゃべりだな」
すいません…もはやその言葉すら口に出来なかった。
「いつもの『すいません』はなしか。そうだな…男は本当に謝らなくてはならない時以外、簡単に詫びの言葉を口にするもんじゃねぇ」
声が出ない。
「俺から見たらまだまだ子供だが、すぐに俺を追い越しちまうんだろうな」
なぜそんな悲しげな顔をしているのですか?
「鉄…」
「は…い…」
やっとの思いで声を絞り出した。
その声も擦れ、上手く言葉を発する事が出来ない。
「お前に頼みがある。いや…違うな。これからお前に重要な任務を与える」
逃れる事の出来ない『その時』は、もう僕の目の前に迫っていた。