戦況が思わしくない中、榎本さんは新政府軍に降伏する考えがある事を明らかにした。

俺は反対した。

これはまだ決定ではない。

しかし状況が続けば、それを受け入れざるを得なくなる。

だが俺は最後の一人になっても、命を失う事になっても…最期まで戦うつもりだ。

それが志半ばで命を散らしていった近藤さんや総司達への、俺なりの弔いでもある。

そんな俺に最後までついて行くと言った奴らはたくさんいる。

命を失う事など怖くはないと。

その中には鉄之助もいた。

ろくに刀を握れやしない、銃の扱いが上手いわけでもない。

それでも俺と共に戦いたいと、最期まで戦いたいと…そう言った。

俺の盾になる…だから連れて行ってくださいと…泣きながら訴えてきた。

(あいつはまだ16か17だろ?今がその時なのか?蝦夷の地で命を散らす…これがあいつの人生なのか?これが本当に…あいつの『なすべき事』なのか…。

(土方さんは優しいね)

総司の声が聞こえた。

(鬼になりきれない鬼副長…クス…土方さんらしいや。自分の事はいつもおざなりで、人の世話ばっかり焼いてる。そんなんじゃあ、貴方に命がいくつあっても足りませんよ)

「うるせぇ」

(なすべき事は命あってこそ出来る…か)

「………」

(僕はね、後悔していませんよ。精一杯戦って、精一杯生きた。だた…急ぎ過ぎたのかな…)

「総司…お前…」

俺を恨んでるだろ?そんな言葉を吐き出そうとした。

(土方さん、ありがとう。土方さんを恨んだ事もあるけど、今はそれでよかったと思ってる。だから迷わないでください。悔しいけど…貴方の決断はいつも正しいんだから)

「総司」

(なに?)

「おめぇ…まさかそんな事言うためだけに出てきたのか?」

(まさか。土方さんがあんまりにもらしくない顔をしてるから、面白くて見物しに来ただけですよ)

「総司」

(ん?)

「ありがとな」

もう総司の声は聞こえなかった。

「失礼します」

扉を叩く音と同時に、少し甲高い声が響く。

(噂をすれば…だな)

「入れ。」

鉄之助が湯呑みを二つ乗せた盆を手に入って来た。

「お茶をお持ちしました」

いつも通り俺の机の上に湯呑みを一つ置き、部屋の中をキョロキョロと見回している。

「どうした?」

「いえ…話し声が聞こえたので来客中だと思ったのですが」

「それで茶が二つか」

「はい。改めようと思いましたが、親しい方との面談のように思えましたので、慌てて二つ用意しました」

話の内容は聞こえていたのだろうか?

しかし勘のいい鉄之助でも、さすがに俺が死んだ総司と話をしていたなどわかるはずもない。

「客ならお前と入れ違いで帰った。慌しい奴だ」

「そうですか…」

鉄之助は行き場を失った茶をじっと眺め、ため息を一つついた。

「じゃあこれは用無しですね」

「ちょっと待て」

うな垂れながらくるりと踵を返す小さな背中に声をかける。

「その茶は置いてけ。喋りすぎて喉が渇いた。それにお前の入れる茶が一番美味いからな。他の奴にかわりを頼んだら不味くて飲めやしない」

「はい!」

鉄之助は満面の笑みを浮かべ、机の上に湯呑みをもう一つ置いた。

「…鉄」

「はい」

「お前は以前『死ぬ事は怖くない』そう言ったな」

「はい。新選組に入隊した時から…土方さんについて蝦夷に来た今も、命が惜しいなど考えた事はありません」

(ったく…本物の修羅場を知らねぇからか、それとも…真に無鉄砲なのか…どっちなんだろうな)

「あの…」

「なんだ?」

「僕…また何か可笑しな事を言いましたか?」

「何故?」

「土方さん…僕の顔を見て笑っているので…その…」

(笑っていたか…。こいつを見ているとつい、笑みが漏れるな)

鉄之助は居心地悪そうに俯き、俺の様子をそっと伺っている。

(女だったらこの感情を『母性本能』とか言うんだろうが…。なんなんだろうな、この感情は。今までだってこいつくらいの年齢のガキはたくさんいた。そいつらだって、死と隣り合わせで生きる事が当たり前だと思っていた)

俺は言い表せない感情を持て余しながら、薄く笑みを浮かべて見せた。

「いや…ナリは小さくてもやっぱりお前は男なんだなと…そう思っただけだ」

貶されたのか誉められたのか、どちらなのかわからないのだろう。

いぶかしんだ顔で俺の顔をじっと見つめている。

「前にも言ったろ?死を恐れない事は立派だ。だがな、同時に命の重さも知らなきゃなんねぇ」

「命の…重さ」

こいつはけして人の命を軽んじているわけではない。

ただ、無鉄砲過ぎる。

(って…俺と一緒じゃねぇか)

「そうだ。命ってもんは重いんだ。俺達が思う以上にな」

鉄之助の頭を軽く叩いた。

俺に向けられる真っ直ぐな瞳。

これから自分の身に起こる事など、何一つ予想してはいないだろう。

俺がどの選択肢を選んでも、こいつの命の保障は出来ない。

こいつの望み通りにしてやるか、それとも僅かな可能性にかけるか…。

(俺の決断がいつも正しいと言うのなら、結果がどうであれそれでいいって事だな。そうだろ?総司)

「鉄、しばらくしたら出かける。帰りは少し遅くなるかもしれねぇが、心配しなくていい。今日のうちに帰る」

「はい。かしこまりました」

俺達は戦う。

生きるために。

生き抜くために。

(刀や銃を手にするだけが戦いではない)

俺は戦う。

己が誠のために。

己が心のために。

俺は『生きる』事のために、鬼でも修羅にでもなって見せよう。