先週は何かしながら見ていたんだけど、昨日の再放送を録画しておいて改めてみてみた。
松平容保が西郷頼母を事実上会津から追放(?)した件も、再放送を見て苦渋の決断だったのだと気がついた(『頼母、生きろ』という台詞を聞き逃していた)。
あれは憎々しく追い出したのだろうかと、一週間考えていた。
そして今日の放送を見て、西郷頼母が会津を出された事は、松平容保の優しさでもあり、幸運でもあったのかなと感じました。
恭順を唱えていたとは言え、敵の前に敗戦の将として立つ事は、西郷頼母にとっては相当な屈辱だと感じたので(頼母でなくともそうですが、頼母は家老としてかなりの地位もあり、名立たる家の人なので)。
この何年か後に西南戦争が始まります。
今度は西郷隆盛が逆賊となり、その戦いに市村鉄之助も参戦し、戦死したと言われています。
何故、西郷隆盛が逆賊となったのか、かつての敵であった西郷に何故市村がついて行ったのか、それはまだ私にはわかりません。
ただなんとなく…
なんとなくですが…
時代が流れるとともに、意見や考えが食い違い、そうじゃない、あぁだ、こうだと別れて行ったのかなと思いました。
その反対に、かつて敵であったにも関わらず、志を同じく出来る事が出来た人もいたのかもしれません。
そうだな
私の言葉で喩えたら…
何か知らんけど、とにかくあいつら気にくわんのやって

あ!なんかわかる!わかる
!納得出来る
