最近…2年くらいでしょうか、幕末関係の雑誌とか本とか、新選組の雑誌とか漫画とか、土方さんの本とか、そんなものばかり注目していましたら、なんだか少女マンガがいらなくなってきた気がしてきました。
これは漫画の捨て時ね
と掃除を始めたんですが、1時間くらいでいたたまれなくなり断念、しかもダンボール(古本屋行き)に入りきらないもんで、結局部屋の中で溢れています。掃除をしていたら

消息不明だったアサギを発見。
しかも6巻まで。
掃除終わらせて読もう。3巻まで読んだっけ?(6巻まであるくせに?)と読み始めたものの、1巻も2巻も記憶が飛び飛び
。しかも…
2巻までしか読んでなかった
(←6巻まで持ってるくせに)で、6巻まで一気に読みました。
読んだら6巻の終わりってめちゃくちゃ斎藤さんが怪しいところで終わってて
も~続きが気になって仕方がないんですけど

で、さっき探し物をしていたら
奇跡のように7巻が出て来ました
しかも未開封で。
自分の整理整頓の出来なさに、自分ですごいびっくりです
。でも7巻出てきてくれてよかった。
自分的にはちょうどいいところで終わってたし。
改めて1巻からアサギを読んで思った事。
史実に基づいて架空又はそうであるかもしれないエピソードを肉付けしているわけですが、表現の仕方、エピソードの創作がホントすごいなって思いました
。
鬼に徹しようとする土方さん

そして間者である斎藤さんはどう土方さんに従っていくのか(←いいですよとは言ってた)
個人的には7巻の佐々木愛次郎とその恋人あぐりが殺されるシーンというか、エピソードがすごいなと思いました。
すごくて興奮した(変な意味じゃなく)、すごい発想だと思った。
花村萬月さんのイグナシオと王国記シリーズ読んで以来です。
めっちゃドキドキして興奮しました。
歴史の流れはひとつしかない。
それをどう解釈するのか、どう魅せるのか。
それも歴史の面白さの一つだと思います。
なるべく毎週『八重の桜』を見るようにしています。
新選組も出てきた事だし、仕事で見れない日が録画しておこうと思ってます。
先週の池田屋事件の回ですが、『八重の桜』で見る池田屋事件を見ながら『薄桜鬼』の池田屋事件を思い出していました。
新選組側から見たら、あれで大きく名を馳せたわけですから、しくじったら駄目なわけです。
でも会津藩から見たら、あれは大きな傷というか膿のようなものなのかなと。
『薄桜鬼』で土方さんが池田屋へ向かう会津藩を引き止めるシーンがありますが、あれは新選組側から見れば正当な事、でも会津藩から見ればとんでもない事なんだなって、今さらですがそう気づきました。
歴史はいろんな視点から見ると面白いですね。
『八重の桜』の新選組幹部の顔は斎藤さんしか覚えられてないんですが(笑)、今年は会津藩目線からの幕末を、新選組を追って行こうと思います。