今日で東日本大震災から二年目となりました。
もう二年、まだ二年。
二年の歳月では、凄惨な爪跡を埋める事は出来ないのだな
それが私の感想と言うか…思いです。
二年前のあの日のあの時、私はお昼ご飯を食べるために食堂に向かうホンの少し前でした。
上層階は相当揺れたようですが、私は地階にいたため揺れはまったく感じませんでした。
食堂のTVから流れる惨劇を見ても事情がよくわからず、それが生中継である事に気がつくのに、いったいどのくらいの時間を要したんだろう。
その一年後もやっぱりその時間は食堂でご飯を食べてました。
やっぱりTVを見てて、そのTVに天皇陛下と皇后様が式典に出られてて、14時46分18秒を迎えた時黙祷を捧げていました。
食堂の中には黙祷をする人、黙祷を捧げる姿を見守る人、それから知らん顔してご飯食べてる人、色々です。
その時『人は怖い』と思いました。
自分に関係ないから、こうも無関心でいられるんだなと。
まぁ、個人の考え、感じ方なので、私はとやかく言う権利も資格もありませんけど。
去年の今頃何してた?ってネタでも書きましたが、2011年の3月頃はとにかく時間を持て余していたので、土方さんの追悼記念SSを書いてました。
地震が先か後かは忘れましたが、地震の件で【生きる】という事をいろいろと考えさせられ、その想いを込めて黙々と書いてました。
2012年は食堂で黙祷してました。
2013年の今日、記事をUPするのは不謹慎かな~と思いつつ、でも何かをしたいと思ったので、哀悼の意を込めましてSSをUPさせていただきます。
2011年と同じく新選組の土方さんのSSです。
相変わらずクオリティ低いです。
興味のない方はどうぞ無言でスルーしてくださいね。
SSの後にあとがきを入れるのは不粋かと思ったので、こちらに注釈を残します。
本文の冒頭で
伊邪那岐と伊邪奈美が取り交わした
とあります。
これは古事記によるお話です。
冥府に死んだ妻の伊邪奈美を迎えに行った伊邪那岐が伊邪奈美の本当の姿(死んでるから)を見て逃げるんです(迎えに行ったくせに)。
怒った伊邪奈美は伊邪那岐を追いかけ、最終的に伊邪那岐は逃げ切ります。
その時に伊邪奈美が『貴方の国の人間を一日に千人殺す』と言い(恨み節)、対して伊邪那岐は『一日に千五百の産屋(出産のための小屋)を建てる』と、そういうやり取りの事です。
書きながら「あの大地震で失った命よりも多くの命が、あの日産声を上げたのだろうか」と考えました。
無理ですよね。
神様でさえ失った命の数以上の命を、同じだけの命を、生まれ変わらせる事は出来ない。
だから命は尊い。
戻せないんだもん。
そんな事を考えつつ書き上げたお話です。