ブログネタ:東日本大震災について今思うこと
参加中本文はここから
この記事を書いている今日(12月28日(水))、『東北関東大震災から9ヶ月経ちました』と、お昼のワイドショーで当時の映像が流れていました。
正直言って、なんの被害にも遭わなかった私にとってはいまだに他人事のようです。
でもそのテレビの映像を見ていると、何故か涙が溢れてきました。
その日の事は今でも憶えています。
私いつもお昼は14時~15時くらいに出るんです。
震災が起きた時刻は14時46分。
おそらくお弁当を手に食堂へ向かう少し前に起きたのだと思います。
いつも通り食堂に行ってテレビ見たら、なんかありえない映像が流れてて…私はまったく揺れを感じなかったので、地震があったんなんて思いつきもしなかった(上層階はかなり揺れを感じたようです。私は地階にいたので揺れを感じなかった)。
興奮気味の報道者達。
度々警告される地震の揺れ。
ちょっと目を離して再びテレビに目を向けると、いつのまにか街が水の中に飲み込まれている。
ご飯を食べてくつろいでいる間、わけもわからずにずっとこんな映像を眺めていました。
驚きを通り越して、私は何も感じられませんでした。
ブログを通じて知り合った人の中にも被災された方もいます。
どの辺に住んでるか知ってる人もいれば、まったく知らない人もいる。
でも、知ってても知らなくっても個人的に連絡を取っているわけではないので、今どうしているかなんてわかるはずもなく…たとえ無事助かったとしても、私は声をかける事も助ける事も何も出来ないんです。
自粛ムードが漂う中、普通にしている事が正しいのか間違っているのかすごく迷ったけど…私は普段通り笑って過ごす事に決めました。
悲しい憂い顔で過ごす事によってみんな助かるなら、いくらでも始終憂い顔で暗い言葉ばかり口にした。
でも、それじゃあ何も進まないし、何も出来ないしないのと一緒だと思った。
私に出来る事。
それは少しの募金と毎日を一生懸命に生きる事。
他人に心配させず、迷惑をかけずに生きるって事も、今の自分達には大事な事だよねって誰かが言ったから…だから普通にしていた。
こんな時に笑える記事なんか書くお前は恥知らずだって、糾弾されるかもしれないって思った事もある。
でも、誰かが私の記事を読んで少しでも笑ってくれたなら、私はそれでいいと思った。
それがあの時の自分に出来る事だって…今も胸を張って言い切れるもん。
…この記事を書いている間、なんだか涙が出来てきました。
PTSD(震害ストレス)って消えないんですね。
被害に遭ってなくて、映像を見ていただけでもストレスを感じているのに、災害に見舞われた人達は今どんなに苦しい思いをしているんだろう。
でも私は何もしてあげられないんです。
私には何の力も役に立つ能力も何もないんです。
過去に遡る事も、辛いアナタの心と私の心を取り替える事も、悲しみや苦しみを変わってあげる事も…何もしてあげられないのです。
私に出来る事。
祈る事。
笑う事。
小さな額だけど募金する事。
ホントに小さな小さな事しか出来ません。
だからこれが無力で何もない私が、アナタのために出来る事なのです。

