ブログネタ:常々元気?体調崩しやすい?
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今日のブログネタは持病の『鬱』に関する事です。
いつもの阿呆な記事ではありません(たぶん)。
こう言った話題の嫌な方はここで脱出してくださいね
。
プロフにもしっかり書いてますが、私は鬱持ちです。
15年?17年?まぁ…そのくらいの長い付き合いです。
一歩進んで二歩下がる~

いやいや
一歩進んだらいきなり谷底に落ちたり
谷底で動けなくなったり
いきなり死に物狂いで這い上がったり…日々色々です。
体は比較的健康で元気だと思います。
誰でもそうだと思いますが、メンタル面と体は常に連動していて、気分が良ければすごく活動出来るし、少しの無理も利く。
体がしんどい時は、当然心も沈みがちになる。
私は普通に仕事に行って、人並みにしてる…とは言えませんが一日一応仕事して帰ってきます。
普通の人と同じように振舞ってるつもり。
他人から見てどう見えるかは知らない。
聞かないし、怖いから聞けないし、私の『鬱』の事をどのくらいの人間が知ってるのかも知らない。
ただ最近少し怖くなる事がある。
メンタル面に少し支障があるな…と思う時、手が上手く動かせなくなる。
お金のやり取りとかね。
目立って震えているわけじゃないけど、なんだか上手く動かせなくて自分がもどかしくなる。
口が回らない時もあるし、言われている事が理解出来なくなる時もある。
この病、ホント付き合いが長すぎて、回復してるのかどうかなんて自分でもはわからない。
今の自分は『抗鬱剤で作られた自分なんじゃないか?』って思う事もあるし
自分の心が弱いだけで、本当は薬なんて必要ないんじゃないかな?って思う事もある。
克服したって声を聞くけど、本当に克服出来るのかな?
自分が甘いだけなのかな?
それでも自分の出来る事を出来るだけうやって
少しがんばれそうな時はがんばってみるけど
本当はもっともっと出来るのかな?
違う…
出来るのかな?じゃなくて…しなくちゃいけないのかな?
それをしない、出来ない、やろうとしない自分は心が弱いんだろうか。
出来ないと思い込んでいる私は、ずるくて弱い人間なんだろうか。
そんな事をふと思いました。
自分が抱えるモノの重さは、決して他人にはわからない。
なぜなら…
人は自分が受けた事のある痛みしか理解出来ないから。
自分の痛みは自分だけのモノで、自分の中の傷は自分だけのモノだ。
痛みを和らげる事は出来る。
傷を癒す事は出来る。
でも、他人の痛みや傷を代わりに背負う事なんて、誰にも出来ないハズだ。
偏屈な記事になってしまいました(苦笑)
でも、なんだかこんな事を考えてしまって…少しでも吐き出してしまわないと自分の心が持たない気がしたんです。
それでも私は自分の心を守るために
自分の出来る事を出来るだけ
今の自分が出来る範囲だけをこなすしかない。
先日T嬢と誕生日の話をしました。
「この年になると、誕生日って全然嬉しくないよね~。」と言ったT嬢に「私はそうは思わないよ」って答えました。
先日UPした王子様症候群 ~HAPPY HAPPY BIRTHDAY~
(薄桜鬼の完全二次小説です)の中で桜花のethlinが言った台詞
『一年って月日は大きいよ。~中略~去年の自分が出来なかった事たくさん出来るようになってるし』
私にとって誕生日は一年を振り返る日で、これから一年何が出来るんだろうって考える日です。
一年って大きい。
去年はしようとも思わなかった事を今年は『やってみよう』って思って、ほんの数回だけど行動している。
Y子ちゃんとカラオケに言ったり、一人でだけどお花見に行ったり、公園にお花を見に行ったり…
グルっぽの事もそう。
今回立ち上げたグルっぽはメンバー同士の交流が主な目的ではないものの、知らない人と関わる事になる。
知らない人と関わる→私が一番やりたくない事。
なおねぇと一緒にやる…って事もあるけれど、本当に行動に移した自分に正直少し驚いている。
薬の力を借りて、いろんな人に支えられ、大切な人達の言葉から元気をもらったりなんかして
私はゆっくりと前へ進めているのかな?
ゆっくりと心も元気になって行くのかな?
いつの日か自分を振り返ったら
今の自分が遠いところにいるくらい
前を歩いているのかな?
