ブログネタ:引越し、何回したことある?
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タイトル通りです。
私が記憶にあるのは二回。
おそらく赤ん坊の時に一度引越しをしているはず。
一番最初の家は広い庭のあるお家の離れみたいなところを借りていました。
大きな松の木。
赤い実のなる植物。
山椒の木に椿。
庭は結構自由に出入りしていました。
私は松の木がお気に入りだった。
道路側に葉が大きくはみ出していて、その下は大きな影が出来ていた。
小学生4年くらいの時にそこを出る事になり、まずは一度目のお引越しです。
この時のお引越しはおそらくあまり楽しくない事情のためと思われる。
この話になると母が異常に嫌~な顔…と言うよりあれです…般若です
(苦笑)そのくらい怖い顔をしながら語り始めるので『これは聞いてはいけない』と、私の耳が自動的に聞き流し始めるので、いまでも詳しい事情は知りませんし、自ら聞かない事にしています。
(苦笑)そのくらい怖い顔をしながら語り始めるので『これは聞いてはいけない』と、私の耳が自動的に聞き流し始めるので、いまでも詳しい事情は知りませんし、自ら聞かない事にしています。語りというより愚痴、愚痴というより悪口、悪口と言うより恨み言。
母は自分一人で何かを抱え、それを自ら跳ね返すために生きている。
それが母の生き方で、母が選んだ道なのだろうと私は理解しているので、私の中では楽しい思い出だけが残っています。
そして引っ越した家は古い木造の貸家。
家が傾いているので隙間風がすごい
。
。サッシ窓なんて一つもない(笑)
台風がくれば家が壊れるんじゃないかってくらい軋む。
私はこの家の鍵を無く事が多くて、何度か自分の部屋の前にあるわりと広い溝から部屋の扉を開けてへ侵入してました。
自分の家じゃなかったら、完全に不法侵入
・不審者
・泥棒
・お手手にお縄です
(苦笑)。
・不審者
・泥棒
・お手手にお縄です
(苦笑)。そして私はこの家の階段から落ちて、しかも時階段を割ってしまい(木の階段ね)、母にめちゃめちゃ怒られた。
私の心配より階段の心配かい…
割れた階段に板を打ちつけて、長い間この家で過ごしていました。
そして二度目のお引越しは突然やってきました。
貸家の大家さんが亡くなって、税金か何かの関係で貸家の土地自体を売らなくてはならなくなったためでした。
10月の終わりか11月に急に決まり、12月には家を明け渡さなくてはならない緊急事態。
幸いな事に同じ町内、ある程度の荷物担いで歩いて移動出来るところに家を見つけました(今現在の家)。
そのせいで引越し業者に引越し作業を頼む事が出来ず(最終的に断わられた)、父の知り合いの人に手伝ってもらいました。
今度は貸家ではなく父・母のマイホームです。
この家に来てから自分だけの部屋を与えられました。
すごく嬉しかったな~。
ただし襖で仕切っただけですけど。
今はなおねぇがいないので、襖を開けて一人で二部屋占領してます。
一番最初に住んでいた家(物心ついた時からいる家)も二番目の家も取り壊されてもうありません。
二番目の家が取り壊される事は、自分の家じゃないし仕方がないとわかっているけど、すごくショックだった。
母に怒られた事が心に少しひっかかってて、板一枚分高くなって上がりにくくなった階段を昇る度に少し罪悪感を感じていた。
と同時に、あの割ってしまった階段がなくなる事に少し安堵を憶えた。
あの家は今の家に比べたらホント住みにくい家でしたが、私の中で一番好きな家なのだと思います。
だから『清々する』と『寂しい』が入れ混じった、そんな不思議な気持ちになりました。
あの家は今の家に比べたらホント住みにくい家でしたが、私の中で一番好きな家なのだと思います。
今でもこの家だけが夢に出てきます。
最初の家以上にいろんな思い出がある。
隣の空き地で母と自転車に乗る練習をした事。
なおねぇと手を繋ぎながら眠った事。
父がふざけて踊りだして、母に怒られていた事。
形あるモノはいつかなくなるけど、形のなくても思い出は消えてなくならないのだと…そう思いました。
追記
今の家でも階段から落ちたことがあります
。
。今度は階段は割れませんでした。
T嬢と遊びに行く直前で、打った体が少し痛いけど全然大丈夫だったから普通に出かけました。
夜に近づくにつれなんだか全身が痛くなってきて、『まぁ遊び疲れもあるのかな』と眠りについたら…
翌朝は起き上がれなくなってました
。
。「前日に階段から落ちて、今日は全身が痛くて動けません。」と間抜けな報告をして、お仕事は一日お休みしました。