牡丹華 ~ボタンノハナサク~ 五 | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

その夜の鉄之助は珍しくおしゃべりだった。


青白い顔をしながら休む事なくしゃべり続ける。


緊張しているのだろう、声がかすかに震えている。


「鉄、お前珍しく今晩はおしゃべりだな?」


いつもの『すいません』すら口に出せないらしい。


おそらくこれから自分の身に起こる事に、何か気がついているのだろう。


「いつもの『すいません』はなしか…」


そっと頭に手をやる。


この小さな体もすぐに俺を追い越し、立派な青年へと成長していくのだろう。


「俺から見たらまだまだ子供だがな…あっという間に俺を追い越しちまうんだろうな」


俺がその姿を見る事は…きっと叶わない。


「鉄」


「は…い…」


俺は告げなければならない。


どんなに辛い思いをさせる事になっても、俺はこの少年に告げなければならない。


「お前に頼みがある。いや…お前に重要な任務を与える」


小さな体がわずかに震えた。


さらに顔を青くして何か返事をしようとしているが、上手く言葉を発する事が出来ないらしい。


「お前は一人でここを出ろ。江戸に戻って日野宿へ向え。そこに佐藤という家がある。俺の義兄の家だ。義兄さんと姉さんに、これを届けてくれ」


俺はあらかじめ用意した包みを差し出した。


しかし鉄之助は手を出す気配を見せない。


「…嫌です」


「なんだと?」


「嫌だと言ったんです!」


鉄之助は震える声で言葉を続ける。


「なぜ僕なんですか?僕が頼りないから…僕では戦えないと判断したからですか?他の人に頼んでください。僕は命など惜しくはない。逃げるのは嫌だ。この命は土方さんの為に使うと決めています。お願いです。最期まで一緒に戦わせてください」


鉄之助がこの任務を拒否する事は最初からわかっていた。


だが、俺も退くわけにはいかない。


「バカヤロウ!これは命令だ」


「その命令に従う事は出来ません!」


流れる涙を拭う事もせず、小さな体で抵抗してくる。


「この命令が聞けないのなら…容赦なく斬る」


刀に手を当てたが、それでも怯む事なくまっすぐに俺を睨み返している。


「僕はこの地で土方さんと共に最期まで戦います」


「いいか…ここを出ろ。お前一人でだ」


鯉口を切る音が部屋に響く。


「もう一度だけ言う。これは命令だ。この命令に背くと言うのなら…俺はお前を斬る」


ゆっくりと刀を抜いた。


「俺は本気だ。容赦はしない」


「僕も本気です」


鉄之助は膝をつき頭を下げた。


「僕はこの地で最期まで土方さんと共に戦います。この命は土方さんに捧げるつもりで蝦夷までついて来ました。お願いします。最期まで一緒に戦わせてください」


床に頭を擦るようにさらに頭を下げる。


白い肌に相反した、日に焼けた華奢なうなじが露わになった。


「これは命令だ」


俺は静かに鉄之助へと近づいた。


「この命令が聞けないのなら…斬る」


俺はそっとうなじに刀の刃を沿わせた。











「僕はこの地で最期まで土方さんと共に戦います。この命は土方さんに捧げるつもりで蝦夷までついて来ました。お願いします。最期まで一緒に戦わせてください」


必死だった。


涙が流れ、上手く喋る事が出来ない。


それでもこみ上げる嗚咽を飲み込みながら、膝をつき頭を下げた。


「これは命令だ」


土方さんの冷たい声が響く。


「この命令が聞けないのなら…斬る」


うなじにひんやりとした硬い感触を感じた。


やがてそれは鈍い痛みになり、じんわりと熱を帯び始める。


首に生暖かい何かがつっ…と流れ、その滴がぽたりと床に流れ落ちた。


血だ。


土方さんは本気だ。


一瞬、背中に寒気が走った。


(命令に反した僕を粛清するつもりだ)


体が全体が熱くなり、頭の中が混乱してきた。


(落ちつけ…落ち着け…)


僕は懐に気持ちを集中させた。


僕にはお守りがある。


土方さんにもらったお守りだ。


だから怖くなどない。


怖いはずがない。


恐怖を感じたのは最初の一瞬だけで、僕の心の中は段々と穏やかになっていく。


(僕のなすべき事は終ったんだ。ならいっそ…このまま斬られてしまおう)


そう思い目を強く瞑って覚悟を決めた。


しかし刀が振り下ろされる事はない。


刀はまだ僕の首に押し当てられたままだ。


やがてわずかな金属音が耳に入った。


首が切れる事などかまわずに、僕はそっと顔を上げた。


刀の刃が首に食い込み、さらに鈍い痛みが走る。


痛みに顔をしかめた瞬間、急に首の辺りが軽くなった。


痛みがあるものの、首に感じていた違和感はない。


そっと顔を上げると、土方さんは冷たい無表情な顔で僕を見下ろしている。


手にしている血のついた刀はわずかに震えていた。


この人は戦っている。


「鉄…戦いってのはな…刀や銃を手にするだけじゃねぇんだよ」


今、己の心と戦っている。


「生き抜く事も戦いなんだよ…」


鬼となり、僕に試練を与えようとしている。


「俺は死ぬためにここに残るんじゃねぇ。お前は一人生き残るためにここを出るんじゃねぇ。生きるために…生きて生きて生き抜いて、己の『誠』を貫き通すために戦うんだ」


「『誠』に『殉じる』のではなく…『誠』のために『生きる』のですか?」


なぜ、そんな言葉が口から出たのかはわからない。


ただ土方さんのその言葉を聞いた時、何かが心の中にスッと入ってきて、自然と自分の口が動いた…そんな感じだった。


「そうだ。鉄、お前が見た新選組を…お前の中の新選組を…義兄さんと姉さんに伝えてやっちゃあくれねぇか?日野の連中にもよ…己が誠のために突っ走って命を散らした連中がいるって事を…それでも最期まで誠の心を貫き通した連中がたくさんいる事を…お前の口から伝えてやってくれ」


「僕の口…から…」


「そうだ。お前の口から、お前の言葉で、お前が見た新選組をだ。お前なら出来る。お前だから任せられる。俺はお前に賭けたいんだ」


気がつけば土方さんは膝をつき、僕の顔を真っ直ぐに見据えていた。


「頼む…」


そう言って、寂しげな顔で笑った。


「死を恐れない事は立派だ。でも、それは命あってこそ思える事」


「そうだ。」


「僕にはやるべき事がある。それを成し遂げるまでは…絶対に死んではいけない」


「お前はまだ死ねない。生きろ」


土方さんは包みをもう一度、僕の目の前に差し出した。


「土方さんは生きるために、ここに残って戦うんですよね?」


僕は素直にそれを手に取った。


「当たり前だろ。死ぬためだけにこんな辺境にくる馬鹿がどこにいる?」


「生きていれば…また会えますよね?」


「あぁ…生きていれば必ず会える。きっとな…」


そんな約束は、きっと果たす事は出来ないだろう。


「お任せ下さい。市村鉄之助、この任務必ずや果たして見せます」


それでも零れそうになる涙を堪え、精一杯笑って見せた。


「ったく…男のくせにメソメソするんじゃねぇ」


「すいません…」


「謝らなくていい」


大きな手が僕の背中を優しく撫でる。


途端に心の張り詰めていたモノが決壊し、我慢出来ずに嗚咽をもらした。


「ったく…やっぱりガキだな。しかたがねぇ…今晩はでけぇ声で泣いても誰も気づきかねぇから、今のうちに泣いとけ」


「はい…」


外から聞こえる喧騒がひと際大きく響いた。


僕は声を上げ、ただひたすら泣いた。