牡丹華 ~ボタンノハナサク~ 四 | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

今晩の土方さんはずいぶんと上機嫌だ。


どうやって手に入れたのか大きな酒樽を用意し、隊士一人一人に自らお酒を振舞っている。


僕はせっせとお椀を指し出し、足りなくなっては取りに行く…を繰り返していた。


(最近ちょくちょく外出していたのは、きっとこれを手に入れるためだったんだな)


僕には詳しい事情などわからないが、最近周りはものすごくピリピリとしている。


その空気が伝染したのか、僕の心は落ち着かなかった。


近く大きな動きがあるのかもしれない。


(この戦いも終わりに近づいているのかな…)


だが恐れる事は一つもない。


僕にはお守りがある。


僕はそっと懐から布に包んだ紙を取り出した。



梅の花 咲ける日だけに さいて散る   豊玉



(そう言えばこれをもらった時『本人の直筆』とか言ってなかったっけ?土方さんが俳句を嗜むとは聞いていたけど…まさかね)


「おい!小僧。お前も呑め!」


「わわっ!」


後ろからいきなり肩を掴まれ、僕は慌ててお守りを懐に押し込んだ。


「あの…それってお酒ですよね?僕お酒はのめな…」


「いいから呑め!御大将自ら用意した酒だぞ」


たった一杯ではあるが、土方さん自ら用意して振舞ったという事で鼓舞されたのだろう。


その隊士はなみなみとお酒の注がれたお椀を僕に押し付け、上機嫌で腕を振り回し暴れている。


(弱ったな…僕お酒飲んだ事ないんだけど)


鼻をつまんで飲み干そうか…と迷っていると、後ろから誰かが僕のお椀を取り上げた。


「鉄、無理に飲むな。酒の飲めない奴が無理に飲んだら、ろくな事にならねぇぞ」


「土方さん」


「ガハハハハ…副長がそうおっしゃると、かなり説得力がありますな」


「うるせぇ!黙れ島田!昔の事じゃねぇか!」


土方さんが不機嫌な顔をして、島田さんにお椀を押しつけた。


「土方さんは飲まないのですか?」


「ん?俺か?酒はあまり好きじゃねぇ。酒よりお前が入れる茶の方が数倍美味いな。それに今晩は酔ってなんかいられねぇ…」


最後の言葉を聞いて、何故か僕の体に緊張が走った。


(胸騒ぎがする。)


「どうした?おかしな顔しやがって」


「いえ…今…今敵襲を受けたらどうしようかと…そう思って…」


「安心しろ。今晩は何も動かない」


しかしその言葉を聞いても、ざわざわとした気持ちが治まる事はない。


「そう…ですか」


やっと吐き出した返事も、少し震えている。


「寒いのか?春とはいえ夜はまだ少し寒いからな。部屋に戻るか?」


(落ち着かない…嫌な予感がする。)


なかなか立ち上がらない僕の手を、大きな手が包み込んだ。


「ちいせぇ手だな、ガキみたいによ。いや…俺から見たらまだまだガキだな」


僕は逆らう事なく、土方さんに手を引かれながら執務室へと歩き出した。











外の喧騒がやけに遠くに聞こえる。


執務室の中がやたらと静かで、まるで僕と土方さんだけが違う世界に飛ばされたみたいだ。


耳鳴りと心臓の音だけが大きく頭に響く。


不意に土方さんが口を開いた。


「鉄、お前いくつになった?」


「十六…です」


「そうか」


「土方さんは梅の花がお好きなんですよね?」


何故か土方さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕はまったく関係のない話を口にした。


「あぁ。俺は梅の花が一番好きだ」


「土方さんは梅の花のようですね」


口の中が渇く。


「俺がか?お前まで俺を花に例えるのか?」


土方さんはいつものように僕に笑いかける。


それでも嫌な汗が背中を流れる。


「梅は花柄を持たず枝から直接花が咲いています。少しせっかちなところが、土方さんによく似ていると思います」


「ふん…お前上手い事言うな」


言葉を続けなくてはいけない。


「土方さんは桜の花を八方美人な女人に例えていましたね。では梅は先陣を切って戦う武人のようだと思います。春の暖かさを待たず蕾をつけ、一足先に万人の目を惹きつける。行動力があり、優しくて…真っ直ぐな土方さんによく似ています」


「おだてても何も出ないぞ」


「おだてるなど…そんなつもりは…」


上手く口が回らない。


「鉄…お前今晩はえらくおしゃべりだな」


すいません…もはやその言葉すら口に出来なかった。


「いつもの『すいません』はなしか。そうだな…男は本当に謝らなくてはならない時以外、簡単に詫びの言葉を口にするもんじゃねぇ」


声が出ない。


「俺から見たらまだまだ子供だが、すぐに俺を追い越しちまうんだろうな」


なぜそんな悲しげな顔をしているのですか?


「鉄…」


「は…い…」


やっとの思いで声を絞り出した。


その声も擦れ、上手く言葉を発する事が出来ない。


「お前に頼みがある。いや…違うな。これからお前に重要な任務を与える」


逃れる事の出来ない『その時』は、もう僕の目の前に迫っていた。