牡丹華 ~ボタンノハナサク~ 参 | ethlinの煩悩毛だらけ

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煩悩さらけ出し日記

戦況が思わしくない中、榎本さんは新政府軍に降伏する考えがある事を明らかにした。


俺は反対した。


これはまだ決定ではない。


しかしこの状況が続けば、それを受け入れざるを得なくなる。


だが俺は最後の一人になっても、命を失う事になっても…最期まで戦うつもりだ。


それが志半ばで命を散らしていった近藤さんや総司達への、俺なりの弔いでもある。


そんな俺に最後までついて行くと言った奴らはたくさんいる。


命を失う事など怖くはないと。


その中には鉄之助もいた。


ろくに刀を握れやしない、銃の扱いが上手いわけでもない。


それでも俺と共に戦いたいと、最期まで戦いたいと…そう言った。


俺の盾になる…だから連れて行ってくださいと…泣きながら訴えてきた。


(あいつはまだ16か17だろ?今がその時なのか?蝦夷の地で命を散らす…これがあいつの人生なのか?これが本当に…あいつの『なすべき事』なのか…。


(土方さんは優しいね)


総司の声が聞こえた。


(鬼になりきれない鬼副長…クス…土方さんらしいや。自分の事はいつもおざなりで、人の世話ばっかり焼いてる。そんなんじゃあ、貴方に命がいくつあっても足りませんよ)


「うるせぇ」


(なすべき事は命あってこそ出来る…か)


「………」


(僕はね、後悔していませんよ。精一杯戦って、精一杯生きた。だた…急ぎ過ぎたのかな…)


「総司…お前…」


俺を恨んでるだろ?そんな言葉を吐き出そうとした。


(土方さん、ありがとう。土方さんを恨んだ事もあるけど、今はそれでよかったと思ってる。だから迷わないでください。悔しいけど…貴方の決断はいつも正しいんだから)


「総司」


(なに?)


「おめぇ…まさかそんな事言うためだけに出てきたのか?」


(まさか。土方さんがあんまりにもらしくない顔をしてるから、面白くて見物しに来ただけですよ)


「総司」


(ん?)


「ありがとな」


もう総司の声は聞こえなかった。


「失礼します」


扉を叩く音と同時に、少し甲高い声が響く。


(噂をすれば…だな)


「入れ。」


鉄之助が湯呑みを二つ乗せた盆を手に入って来た。


「お茶をお持ちしました」


いつも通り俺の机の上に湯呑みを一つ置き、部屋の中をキョロキョロと見回している。


「どうした?」


「いえ…話し声が聞こえたので来客中だと思ったのですが」


「それで茶が二つか」


「はい。改めようと思いましたが、親しい方との面談のように思えましたので、慌てて二つ用意しました」


話の内容は聞こえていたのだろうか?


しかし勘のいい鉄之助でも、さすがに俺が死んだ総司と話をしていたなどわかるはずもない。


「客ならお前と入れ違いで帰った。慌しい奴だ」


「そうですか…」


鉄之助は行き場を失った茶をじっと眺め、ため息を一つついた。


「じゃあこれは用無しですね」


「ちょっと待て」


うな垂れながらくるりと踵を返す小さな背中に声をかける。


「その茶は置いてけ。喋りすぎて喉が渇いた。それにお前の入れる茶が一番美味いからな。他の奴にかわりを頼んだら不味くて飲めやしない」


「はい!」


鉄之助は満面の笑みを浮かべ、机の上に湯呑みをもう一つ置いた。


「…鉄」


「はい」


「お前は以前『死ぬ事は怖くない』そう言ったな」


「はい。新選組に入隊した時から…土方さんについて蝦夷に来た今も、命が惜しいなど考えた事はありません」


(ったく…本物の修羅場を知らねぇからか、それとも…真に無鉄砲なのか…どっちなんだろうな)


「あの…」


「なんだ?」


「僕…また何か可笑しな事を言いましたか?」


「何故?」


「土方さん…僕の顔を見て笑っているので…その…」


(笑っていたか…。こいつを見ているとつい、笑みが漏れるな)


鉄之助は居心地悪そうに俯き、俺の様子をそっと伺っている。


(女だったらこの感情を『母性本能』とか言うんだろうが…。なんなんだろうな、この感情は。今までだってこいつくらいの年齢のガキはたくさんいた。そいつらだって、死と隣り合わせで生きる事が当たり前だと思っていた)


俺は言い表せない感情を持て余しながら、薄く笑みを浮かべて見せた。


「いや…ナリは小さくてもやっぱりお前は男なんだなと…そう思っただけだ」


貶されたのか誉められたのか、どちらなのかわからないのだろう。


いぶかしんだ顔で俺の顔をじっと見つめている。


「前にも言ったろ?死を恐れない事は立派だ。だがな、同時に命の重さも知らなきゃなんねぇ」


「命の…重さ」


こいつはけして人の命を軽んじているわけではない。


ただ、無鉄砲過ぎる。


(って…俺と一緒じゃねぇか)


「そうだ。命ってもんは重いんだ。俺達が思う以上にな」


鉄之助の頭を軽く叩いた。


俺に向けられる真っ直ぐな瞳。


これから自分の身に起こる事など、何一つ予想してはいないだろう。


俺がどの選択肢を選んでも、こいつの命の保障は出来ない。


こいつの望み通りにしてやるか、それとも僅かな可能性にかけるか…。


(俺の決断がいつも正しいと言うのなら、結果がどうであれそれでいいって事だな。そうだろ?総司)


「鉄、しばらくしたら出かける。帰りは少し遅くなるかもしれねぇが、心配しなくていい。今日のうちに帰る」


「はい。かしこまりました」


俺達は戦う。


生きるために。


生き抜くために。


(刀や銃を手にするだけが戦いではない)


俺は戦う。


己が誠のために。


己が心のために。


俺は『生きる』事のために、鬼でも修羅にでもなって見せよう。