桜並木で再会を果たした後、俺とethlinの奇妙な逢瀬が始まった。
正直、逢瀬と言える様な色気のある話じゃねぇがな。
あの桜並木に行けばethlinがいるような気がしてなんとなく足を運ぶと、いつも小さな影が木の下にぼんやりと佇んでいる。
最初は軽く挨拶した後何も話さずもじもじとしていたが、二~三度話をしているうちに気を許したのであろう、ethlinの方から話しかけるようになった。
それも色気のある話なんかじゃねぇ…昨日は何を食べただの、どこの茶屋の団子が美味いだの…要するに食い物の話が中心だ(苦笑)。
自分の素性について自分から話す事はなかった。
まぁ…俺もいちいち聞く必要はねぇと思っていたしな。
ただ、父親が商売をしていている事、母親が厳しい人である事、姉がえらく器用で店を手伝いながらもの作りをしている事、会話の端々からそのくらいの情報を得る事は出来た。
ethlinも俺の事を特に何も聞きだす事はしなかった。
俺がぽつぽつと話す事を、目をキラキラさせながら嬉しそうに耳を傾けている。
やがて月日が流れ季節が一巡し、寒い冬からまた少し肌寒いが春がやってきた。
その日、俺は茶店で桜餅をethlinに食わせてやっていた。
「土方様は召し上がらないのですか?」
「どうも京の食い物は苦手だ。この桜餅もな…江戸のモノとは似ても似つかねぇ。」
「江戸では違うのですか?桜餅は桜餅ですよね?」
ethlinは相変わらずキラキラした目で俺に詰め寄った。
「江戸はなぁ、こう…薄い生地に餡を包んだモノを桜餅って言うんだ。姿も食感もまったく違うな。江戸と京の人間が違うのと同じだ。京の人間はお高くとまっている奴が多い。ん?もう食ったのか?…俺の分の桜餅も食え。遠慮するな。」
「いいのですか?でも…。」
そう言いながらethlinの目は桜餅に釘付けだ。
嬉しそうに皿を手に取ったが、じっと見つめてなにやら考えている。
「毒なんざ入っちゃいねぇ…遠慮するな。」
「いえ…そうじゃなくて…。」
ethlinは楊枝で桜餅を半分に割り、二つになった桜餅をジロジロと眺めて少し大きい方をつまみ上げ、俺の目の前に差し出した。
「土方様も召し上がってみてください。京の食べ物は口に合わないとおっしゃいますが、この桜餅はほどよい甘さでとても美味しいのです。召し上がらないと、きっと後悔しますよ。」
桜餅をつまんでニコニコと笑っているethlinの口には、餡がべったりとついている。
「ふっ…クククク…ここの桜餅は相当美味いと見える。お前、口に餡がついてるぞ。もしかしたら桜餅よりお前の方が、甘くて美味いかもしれねぇな。」
「えっ!?」
真っ赤になったethlinの手から桜餅をそのままパクリと口にした。
「うん…確かにうめぇな…お前の言うとおりだ。」
「そっ…そうデスか…それはよかったデスね…。」
ethlinは赤い顔をして俯き、残った桜餅を凝視している。
「なんだ?半分食わねぇのか?」
「あっ…食べます
食べます。」
ethlinは慌てて桜餅を手にし、パクついている。
(ちょっとばかり毛色の変わった女だな…京の女にしては気取ったところはねぇが、江戸の女のように気が強いわけでもねぇ…赤くなったり蒼くなったり…それにすぐに泣く…よくまぁコロコロと表情が変えられるもんだ)
ethlinは口に餡がついていないのを確認すると、俺に向き直った。
「そういえば土方様は武士になるために江戸から京にいらしたのでしたね?お仲間がご一緒とはいえ…土方様は努力家ですね。知らない土地でこんなにも立派なお侍様になるなんて。」
「自分が目指すもんの為にがむしゃらに走る事くらい、当たり前の事だろ?それに俺は生まれつきの武士じゃねぇ。所詮は百姓の息子だ。だったら人一倍走るしかねぇ。それにまだまだ上を目指す。近藤さんをもっと上へ上へ…てっぺんまで担ぎ上げないとな。」
「もっと…もっと…上へ…ですか?」
ethlinは目を見開いて俺を見つめている。
「なんだ?そんな事出来るわけねぇと思ってんのか?」
「いえ、違います、立派だなって…私とは…全然違うなって…。」
そう言いながらethlinは俯き、ボソボソと呟いた。
「羨ましいです…そうやって何かを目指すものがある事。何かの為に自分を信じて真っ直ぐに走れる事。私は…私は何も出来ないくだらない人間です。誰かの役に立つ人間になりたい…土方様のように…誰かの為に自分の為に一生懸命生きてみたいみたいです。」
「最初からくだらない人間なんていやしねぇよ。『出来るわけがない』って最初から諦める事がくだらねぇんだ。お前だって何か一つくらい出来る事があるだろ?それを一生懸命にやればいい。それを他人がくだらねえと言うなら…それは言った人間がくだらねぇんだ。簡単に諦めるな。やれるだけやって、どうしてもダメなら諦めろ。そしたら…また新しい事を見つければいい。」
「そう…ですか…。そうですね…最初から諦めてはいけませんね。でも…私は…。」
ethlinは何度も同じことを呟きながら、小さく笑った。
この時俺は気がつくことが出来なかった。
小さく笑うethlinが、この時どれだけ思いつめていたのか。
そして大人しいこいつが…あんな事をしでかすなど、俺にわかるはずがない。
やがて桜の花が満開になり、遅咲きの桜がやっと硬い蕾を開きかけた春の日。
しかしまだまだ春の夜は寒い、そんな夜にそれは起こった。
夕餉も終わり、俺は静かに部屋で仕事をしていた。
が、屯所の中がざわざわと騒がしくなってきた。
(またあの三馬鹿が騒ぎ立ててんのか?騒ぐなら外でやれ。ついでに巡察も行ってこい)
騒ぎを無視して仕事に集中していると、どたどたと騒がしい足音が部屋に近づいてきた。
(ちっ…三馬鹿の中でもよりによってお前かよ…)
「土方さん!大変だ!!」
部屋に乗り込んできたのは、予想通り新八だ。
「なんだ?平助が飲みすぎで潰れたか?佐之助が酔っ払って隊士どもに腹の傷を見せびらかしてるのか?」
「そうじゃなくてよ…とにかく来てくれよ。」
「生憎とくだらねぇ事に腰を上げるほど暇じゃねぇ。」
顔も上げずに返事をすると、新八は心底困ったようにため息をついた。
「くだらねぇって言うけどよ…土方さんは事の当事者だぜ。小さな男の子がここに来てよ…土方さんに会わせてくれって言ってる。俺は疑ってない。だがな…平隊士が土方さんがどっかの女に孕ませた子供じゃないかって騒ぎだしてよ…とにかく収拾がつかねぇんだ。」
「俺の子供だと?」
俺はそんなに節操なしに見えるのかと文句の一つも言いたいが、正直覚えがまったくないとは言い切れない。
仕方なく玄関へ向かうと、大の大人が大勢集まってざわざわと騒ぎ立てていた。
「てめぇら!くだらねぇ事で騒いでんじゃねぇ!!さっさと持ち場へ戻れ!!」
蜘蛛の子を散らすように立ち去る隊士達の背中を睨みつけ、憮然とした顔で玄関先に目をやった。
そこにはザンバラな髪の痩せ細った小さな男の子供が立っていた。
(どこかで見たことのある顔だな…。まさか…本当に俺の子なのか?)
ジロジロと眺めていると、子供は泣きそうな顔で土下座をしてこう言った。
「お願いします。私をここに置いてください。どんな事でもします。お願いします」
その声には聞き覚えがあった。
しかし声と姿が一致しない。
沈黙を拒否と取ったのか、子供はさらに言葉を続けた。
「力仕事でも汚い仕事でも何でもやります。絶対に文句は言いません。だからお願いします。私を土方様の側に置いてください。」
まさか…
「お前…まさか…ethlinか?」
わからないのも無理はない。
上等な…とは言えねぇが、ethlinは町娘としてはごくごく普通の娘だった。
俺が最後に見た時までは…だが。
それが今目の前にいるethlinはボサボサのザンバラ頭で、地味な色の男物の着物と袴を身に着けている。
「何しにきた?」
小さな肩がビクッと震えたが、顔を上げる気配も立ち去る気配もない。
「お前はここがどこで、どんなところなのかわかってんのか?家出した子供の収容所じゃねぇんだ!とっとと帰れ!!」
「嫌です!」
くずくずと泣き出すものの、まったく立ち去る気配はない。
「おめぇは何考えてやがる…家出くらいなら他に行くところなんざ…いくらでもあるだろうが!!」
それでも立ち上がる気配さえない。
ただ泣きながら俺の顔を睨んでいる。
「ちっ…しばらくそこで頭を冷やしたら家に帰れ。新八!家まで送ってやれ…それ以外は相手するな。絶対だぞ…いいか!副長命令だ!わかったな!!」
それだけを言い残し、俺は部屋へと戻っていった。
春とはいえ夜は冷える。
玄関にいれば寒さが堪えて根を上げるだろう。
俺は再び仕事に没頭する事にした。