桜の木の下でうずくまっていると左之助と新八が現れ、俺は二人に担がれて屯所に戻り傷の手当を受けた。
想像より傷は深く、一週間は安静にしろと医者に命じられた。
しかし、じっとしているわけにもいかねぇ。
部屋で溜まった仕事をこなしていると、ドカドカと近藤さんが乗り込んできた。
「歳!何をしている?今歳に必要なのは休息だぞ!?そんな事は俺に任せて、ゆっくり休んでいろ。」
「近藤さん、こんな事だから俺がやるんだろ?近藤さんがする事じゃねぇ。近藤さんはもっとでっかい事をしてもらわねぇとな。それに、じっとしているのは性に合わねぇ。なに…たいした仕事じゃない。座っているだけだからな。」
本当は座っているだけでも辛い。
しかし寝ていても傷は痛む。
だったら…仕事をしている方がよっぽどいい。
筆を動かす手を休めない俺を見て、近藤さんは大きなため息を一つついた。
「歳…たまには休め。歳が倒れたら…俺が困る。俺はどうしたらいい?俺達はこんなところで終わるわけには行かない、そうだろう?がむしゃらに前へ進んでも前へ進めない時もある。それが今なんじゃないか?それにこんな機会でもなければ、休む事も出来んだろう。」
顔を上げると近藤さんは困った顔をして笑っている。
「そうだな…どうしても寝ているのが嫌なら散歩をしてきたらどうだ?あまり遠くへ行くのは勧められんが…そうだ!花見だ!花見をしてくるといい。遅咲きの桜ももう散ってしまう頃だろう。せっかくだ、今年最後の桜を見てくるといい。」
「…参ったな。近藤さんにそこまで言われちゃあ…嫌だとは言えねぇな。わかった、今日は休む。少し外の空気を吸ってくるか。土産に甘いものでも買ってくるぜ。疲れた体には甘いものが一番いいからな。」
そうして俺は一人で花見としゃれ込む事にした。
遅咲きの桜と聞いて一番に思い浮かんだのは、あの少女と出会った桜並木だ。
(まさかと思うが…いつもいつもいるわけがねぇ…本物の桜の精じゃあるいめぇし…)
ゆっくりと桜並木に近づくと、見たことのある牡丹色の着物が目に入った。
(まさかな。あいつ…本当に桜の精じゃねぇよな?)
近づいてみると…やはりあの時の少女が桜の木の下にいた。
少女は桜の枝に向かって手を伸ばしたり、ぴょこぴょこ飛び跳ねたりしていた。
(何やってんだ?)
さらになにやらブツブツ呟きながら腕を振り、腰を落としてみたり体を伸ばしたりを繰り返し始めた。
(なんだ?子供の間で流行ってる遊びなのか?)
後ろからそっと近づいてみる。
「何してやがる?」
声をかけた瞬間少女は枝に向かって飛び上がり、そして体の均衡を崩して背中から倒れてきた。
「おい!何やってる!?」
慌てて駆け寄り抱きとめた。
傷が痛んでうめき声が漏れたが、少女の「あれ?」というのん気な声と俺の罵声でかき消されてしまった。
「あれ?じゃねぇだろ!!」
少女はきょとんとした顔でくるりと振り向いた。
「何考えてんだ!お前は。花盗人するつもりなら…自分の手の届くところから盗め!!」
オドオドと怯えた目が俺を見つめている。
「ごめんなさい…。」
いらいらしながら睨みつけると、さらに目に涙を溜めておろおろと頭を下げる。
(ったく…なんなんだ…このガキは…)
ところが頭をしきりに下げていたかと思えば、今度は急にクスクスと笑い始めた。
「何がおかしい?」
憮然とした俺の声に、少女は笑いを堪えながら顔をあげた。
「いえ…桜の精公認の花泥棒なんて…私…おかしくって…。」
「桜の精?」
桜の精…俺がか?
「あっ…ごめんなさい。お名前も知らないし、あの…この間見たときにあまりにも綺麗だったから、私…貴方の事桜の精だと思って…。」
俯いてボソボソと泣きそうな顔で呟く少女をまじまじと見つめた。
(こいつも俺と同じことを考えてたのか…)
ふと目線を少女の足元に向けると、桜の花びらがいくらか入った籠が置いてあった。
背が小さいため手が届かないのだろう、籠の中身はまだ半分にも満たない。
「どのくらいだ?」
籠の中を覗きこみながら問いかけると「はい?」とぼんやりした返事が返ってきた。
「あとどのくらい、花が必要か聞いたんだ。」
「あっ…えっと…この籠の六分目くらい…。」
ざっと桜並木を眺める。
ここから端まで歩いたとしても、この少女の手に届く高さにある桜の花の量などたかがしてている。
(仕方がねぇな…)
俺は傷の痛みを我慢しながら、黙って桜の木に手を伸ばした。
花を摘み差し出すと、慌てて籠を俺の足元に置いた。
花を摘む音と風の音だけが耳に響く。
少女は黙っている事が気まずいのか、俺の傍でもじもじと恥かしそうにしている。
(そう言えば…傷の手当ての礼を言ってなかったな)
「悪かったな。」
少女の体が一瞬ビクッと震えて、俯きながらぼそぼそと何か言葉を口にした。
「あっ…あの…えっと…こちらこそ…花泥棒のお手伝いをしていただき、ありがとうございます。」
「………」
「あの…ホントごめんなさい。桜の精さんに花泥棒させるなんて…。でもでも、明日には雨で花は全部散ってしまうと思うし…。」
「………。」
「あっ…もしかして明日は雨じゃないですか?明後日でしたか?あぁ、ごめんなさい…明日もう一日花が楽しめるんでしたね。どうしよう…。」
「…ふっ…。」
ふいに笑い声が漏れた。
「お前なぁ…。」
少女は顔を上げ、きょとんとした顔で俺の顔を見つめている。
「花の事じゃねぇよ…この前お前が持ってきたもん…全部俺の血でダメにしちまったから謝ったのに…。あの時も可笑しな女だとは思ったが…こりゃ…相当だぜ。」
「あっ…そっ…それでしたか…。」
少女は真っ赤な顔をして、バツが悪そうな顔でまた俯いてしまった。
(今までに見たことのない感じの女だな…)
少ししゃがんで目線を合わせ、少女の顔を覗き込んだ。
恥かしさのあまりかべそをかいていて、その顔を見られまいとふいっと顔を逸らす。
頭を数回ぽんぽんと撫でてやると、驚いた顔で俺のじっと見つめた。
(本当に乳臭い顔ガキだな。突拍子もない事をやる、言動がおかしい上に発想もおかしいときたもんだ…だが面白しれぇ。)
「俺の名前は土方歳三だ。お前の名前は?」
「…土方様…ですか?」
「そうだ。お前の名前は?」
口を数回パクパクさせて黙りこくり、やがて少し躊躇いながら口を開いた。
「…ethlinです…。」
恥かしそうにぼそぼそと呟くethlinの頭をもう一度数回撫でてやった。
「いい名前だな。」
さらに顔を赤くして俯くethlinの手を黙って取った。
ずいぶんと小さな手だった。
握りしめると、俺の手にすっぽりと収まってしまう。
「あっ…あの…土方様?」
「籠を花でいっぱいにするにはまだまだだな。仕方がねぇ…手伝ってやる。」
「あの…良いのですか?」
「俺は桜の精なんだろ?その桜の精が良いって言ってんだ、かまわねぇよ。それに花は綺麗なうちに愛でるもんだぜ。」
「はい…。」
小さな手をひきながら、俺達は黙って桜並木を歩き出した。