家を出てからどのくらい歩いたのだろうか。
俺も赤ばらちゃんも一言も言葉を発さず、赤ばらちゃんが手に持っている長い棒切れが地面を擦る音だけが響いていた。
(気まずい…何でもいい…いつもの的外れでとんちんかんな発言でいいから…意味不明な都市伝説でもいい…なんか喋ってくれ…)
そう思いながら小さな背中の後ろを歩いていると、赤ばらちゃんの足が急にピタリと立ち止まった。
「どうした?道に迷ったのか?」
後ろから顔を覗き込むと、俯いてボソボソと何か呟いている。
「なんだ?」
「…なさい…」
「ん?」
「ごめんなさい」
なんか謝られるような事をされたか?
いや?
俺が謝らなければいけねぇ事は山ほどある…かもしれねぇけどな(苦笑)
「狼さん…ごめんなさい!!」
赤ばらちゃんはくるりと振り返り、俯いたまま大声で叫んだ。
「何で謝る?」
「だって…だって…」
俺の服の裾を引っ張りながら、べそべそと泣き出した。
「狼さん…白ばらちゃんにちゃんと謝ってくれたのに…私…狼さんに『怒ってごめんね』って謝ってないもん…」
なんだ…
そんな事気にして、今まで黙りこくっていたのか?
「なんだ…そんな事か」
「なんだじゃないもん…うっ…うわぁぁぁ~ん」
まるで我慢していたのを吐き出すかのように、大声で泣き出した。
「泣く事ねぇだろうが!」
「うわぁぁぁ~ん!!狼さんが怒った~!!」
しまった。
泣かせるつもりなんかこれっぽっちもねぇんだ。
ちくしょう…上手くいかねぇもんだな…。
「とにかく、俺は怒っちゃいねぇ…まぁ…元はと言えば…俺が悪かった」
「だって~私が躓いたから~」
「いや…俺が下心出して白ばらちゃんのボインが本物か確かめようと…いやいや…なんでもねぇ…とにかく!俺は怒っちゃいねえし、赤ばらちゃんは悪くねぇ。だから気にすんな」
「狼さん、私の事嫌いになってない?」
しゃくり上げる赤ばらちゃんの頭をそっと撫でてやる。
「嫌いになるわけねぇだろ?嫌いな奴のために誕生日プレゼントを用意したり、祝ったりする奴なんざこの世にいねぇよ。ほら…鼻かめ…一つ大人になったんだからな…いつまでも鼻水垂らしてんじゃねぇよ」
「うん…」
ったく…いつまでたっても世話が焼けるぜ。
「ほら…手出せ。仲直りの握手だ」
手を差し出すと、赤ばらちゃんの温かい手が俺の手を握る。
「えへへ…狼さんの手、おっきくて温かいです」
「そうか?じゃ…行くぞ。たくさん拾って帰らねぇとな」
ニコニコと笑う赤ばらちゃんの小さな手を握り、俺達は目的の栗の木へと歩き出した。
「そういえば赤ばらちゃんはいくつになったんだ?」
「えっとね…16」
「なに!?16歳!?」
予想外の答えに俺の声はひっくり返っちまった。
「本当に16歳になったのか?サバ読んでねぇか?」
「白ばらちゃんがね~毎年数えてくれてるから間違いないですよ♪15歳になったら大人の仲間入りだから~去年の誕生日からマロングラッセを食べてもよくなったんですよ♪狼さんはマロングラッセ食べた事ありますか?ブランデーたっぷりで、甘くて美味しいんですよ♪」
「そっ…そうか…あれは美味いな…俺も好きだぜ…そりゃ…よかったな…」
「たくさん栗を拾って~白ばらちゃんに作ってもらいましょうね♪でも~たくさん食べたら眠くなるから~ちょっとしか食べちゃだめなんですよ~」
体がちいせぇとか…
胸にボリュームがないとか…
白ばらちゃんに比べて色気がないとか以前に…
16歳にもなって、この何も知らない世間知らずの箱入りぶりは犯罪だろ?
(これじゃあ…白ばらちゃんが心配して離れないのも頷けるな…ったく…親の顔がみたいぜ。いったいどうやったらこうも似てねぇ上に、頭のレベルに大差が出る姉妹が出来上がるんだか…)
「狼さんはおいくつですか?」
赤ばらちゃんはニコニコと無邪気な笑顔を向けて俺に問いかけた。
「俺は白ばらちゃんよりもずっと大人だ。赤ばらちゃんと比べたら随分大人だな」
なんだか俺は純真無垢な小さな子供に手出そうとしている犯罪者みてぇな気がしてきたぜ…。
「ふーん…熊さんは~えっと…えへ♪お父様みたいだから、狼さんよりずっとお兄さんですか~?」
俺はふき出しそうになるのを堪えて、声を押し殺ろし何とか答えてみる。
「クッ…新八は俺より…年下だ…クククッ…いくらなんでも親父扱いはかわいそうだろう」
新八は確かに面倒見もいいし、子供にウケるタイプだ。
白ばらちゃんも『お父様みたい』って言ってたが、いくらなんでも二人がかりで父親扱いされちゃあな…新八…同情するぜ(苦笑)。
「はわわ!?そうなんですか!?熊さんが肩車してくれたり、おんぶしてくれたり、お膝の上に座ってたら…お父様を思い出すから…でもお父様のお顔憶えてないです。たくさん遊んでくれたのは憶えているけど。お母様も…抱っこしてくれたのは憶えてるけど…顔はわからないデス。気がついたら…白ばらちゃんしかいなかったし…」
赤ばらちゃんの笑顔が曇る。
親父とお袋さんの事を思い出そうにも、小さすぎた赤ばらちゃんに訪れた別れは突然すぎて、曖昧な記憶しか残せないほど悲しく寂しいものなのだろう。
「長い長い間…白ばらちゃんと二人だけでで過ごしてきたのか?」
柔らかで暖かい春も、照りつけるような暑い夏も、鮮やかな色彩の秋も、真っ白で寒い寂しい冬も…何度も何度も姉妹二人だけで過ごしてきたのだろうか?
俺や総司が城の中で安穏と暮らす毎日がつまらないなどと思っていたあの頃を、この姉妹は二人っきりで一生懸命に生き抜いていたのだろうか?
「はい!でも寂しくないですよ♪冬はずっと狼さんがいてくれたし~白ばらちゃんも戻って来てくれたし~王子様も熊さんも黒豹さんもいるから~毎日楽しいです」
一生懸命に笑い顔を作ろうとする赤ばらちゃんの手を強く握りしめる。
「あぁ…みんな赤ばらちゃんが好きだからあの家にいるんだ。総司も黙って白ばらちゃんを城に連れ帰ったりしねぇ。白ばらちゃんを守るために佐之助も傍にいる。新八は赤ばらちゃんと一緒にいると楽しいからあの家に残っている」
嬉しくて照れくさくなったのか、俯きながらボソボソと言葉を続ける。
「狼さんは…狼さんも…ずっと一緒にいてくれますか?」
小さな手が俺の手を強く握り締める。
「あたりめぇだろ?放っておいたらどこの馬の骨に食われちまうかわからねぇからな。ちゃんと傍にいる。ずっと傍にいる。悪い奴らが来ても…悪い魔法使いが来ても…ちゃんと守ってやる。だから安心しろ」
「えへへ…狼さんずっと一緒ですよ」
「あぁ…約束する…ずっと一緒だ」
(嫌いになんかなれるわけねぇんだから…俺はずっと傍にいる)
俺は心の中で静かに誓った。