総司の会いに行くときは、いつも誰にも告げずに行った。
いつも近くにいる千鶴にさえも「所用で出かける」とだけ言い残していた。
なぜかは…自分でもよくわからない。
総司の無残な姿を見せたくなかったのか、それとも自分の中の違う感情がそうさせたのか…。
会津へ向かうことが決まり、最後に総司に会おうと身支度をする。
「お出かけですか?」
千鶴がいつものように声をかけてきた。
「ちょっと…所用だ…」
そう呟き黙って行くつもりだった。
しかし自分の声に反して言葉が漏れる。
「総司の会いに行く」
千鶴の身体がピクリと動き、目に動揺が現れている。
「私も連れて行ってください」
千鶴は想像通りの言葉を口にした。
「よせ…昔の見る影もない…」
そう諭す自分の言葉には、なぜか力が入らない。
ただついて行くと言い張る千鶴の、その大きな瞳だけを見つめていた。
療養先に着いてから中の様子を見てくると言い残し、一人総司の下へ向かう。
見慣れた襖を開けると、いつものように布団に横たわった総司の姿があった。
少し身じろきする様を見て、安堵のため息が漏れる。
総司に会いに行く度、このまま動かないのではないかと嫌な考えが横切る。
「土方さん…ですか…」
総司の布団の横に腰を下ろし、「会津に行く」とだけ伝えた。
「もうここには来れない」とは言わない。言ったところで総司は「せいせいする」と笑うだろう。
そしてここに来るまで考えていた事を口にしようとするが、上手く言葉が吐き出せない。
千鶴を世話係として置いて行く。そう告げるつもりだった。
正直あの少女に総司を見取れと言うのは酷な事だと思う。
しかし総司と千鶴にとって最善の策だと思った。
総司は惚れた女に見取られて逝き、千鶴はこの地に残る。その後千鶴は普通の女として生きる事が出来る。
「千鶴がお前に会いたがっている…。お前はどうする気だ?」
自分で決める事が出来ず、総司に問いかけるように呟いた。
「土方さんは…どうして欲しいんですか?」
まるで俺の迷いを見透かしたように、笑って問いかける。
何も答えず、いや…何も答えられず、ただ黙って総司の目の前から消えた。
戦の事は全て自分で決める事が出来るのに、自分の心の中の事は決めることが出来ない。
「どうして欲しいんですか?」総司の最後の言葉が俺の胸に影を落とす。
もう二度と聞くことのない総司の声が、ちりちりと俺の胸を刺した。
千鶴が総司に会いに行って一刻ほど経った。
黙って外を眺めていると、視界に世話係の老婆が目に入った。
恐ろしいモノでも見たように、こそこそと立ち去る。
「刀なんて物騒な物…持ち歩いている奴なんざ…あの婆さんにしてみたら…厄介な者にしか見えねぇなぁ…」
病床でも刀を手放さない総司は、さぞかし気味の悪い存在だろう。あの老婆には手に余る存在だ。
総司の部屋の方を黙って見つめる。千鶴が現れる気配はない。
俺はこのまま千鶴が目の前に現れなければ…そう考えていた。
自分からここへ残ると言う事を望んでいる。
いや…千鶴が嫌がっても、無理やり留まらせればいい事だ。
ただ、言葉が見つからない。
ここに残れと命令するだけなのに、どうしてもその言葉が見つからない。
「新選組の鬼副長とあろうものが、女の処遇の一つも決められねぇとは…」
やがて泣きはらした顔の千鶴が現れた。
何も言わず、ただ黙って草履を履き、俺の横に立つ。
総司が引き止めなかったのか、千鶴が拒否したのか、それとも…。
ただ千鶴は、今は会津に向かう事を決めた。それだけだ。
「行くぞ」
それだけ声をかけ、一言も話さず歩き出す。
沈黙を守る千鶴の背中が小さく震えている。涙を我慢しているのだろう。
俺はその小さな背中に、重い荷物を背負わせてしまったのかもしれない。
無言で背中を撫でてやると、真っ直ぐに顔を上げ唇を噛み、前だけを見つめる。
少女は何を決意し何を誓ったのか、この時の俺は知るよしもない。
ただ手のひらに感じる温かい体温を、小さな背中を、この少女を、今はまだ守ってやろうと…そう思った。
あとがき
一人苦悩する土方さん…ステキ( ´艸`)
なんてアホな事言ってますが、君へ贈るコトバ
(千鶴目線) 牡丹散って うちかさなりぬ
(沖田目線)の中で、土方さんが考えていた事を、さりげなく文章に盛り込む事が出来ないな~と思い、土方さん目線のモノを書きました。あと土方さんが好きだから書いただけですよ(開き直り)
タイトルはなぜ菊なのか?
土方さんの洋装の柄が菊だから(笑)
あと菊の別名が『隠逸花』 タイトルの 『菊 花之隠逸者也』 は愛蓮花という宋の時代の歌(?)です。
隠逸は俗世を捨てて一人寂しく暮らしている人・その様
自分の心をなかなか見せない、他人と距離をとってる感じと隠逸を自分の中で重ねてつけました。