窓の外には桜の花が咲き乱れている。
紅く咲くその桜の下には、人間の死体が埋まっていると誰かが言った。
あの紅は人間の血の色だと、だからあんなに紅く染まっているのだと。
皆はばかばかしい話だと一笑したが、俺は笑えない冗談だといった。
多くの人間の血を流し、愛する女の血を啜り生き続けている俺には、本当に笑えない冗談だ。
突然目の前が真っ暗になり、目眩と吐き気が襲う。
神経が研ぎ澄まされ、自分自身の血液の流れる音が頭に響く。
この北の地に留まってから一年、吸血衝動は治まりつつある。
ゆっくりではあるが、以前と日の光を浴び、夜眠る普通の生活を営んでいた。
しかし止む事のない衝動に駆られる度、命が削り取られていく事を知る。
まだ死ねない。
まだ死にたくない。
お前を追いて、死ぬわけにはいかない。
「土方さん!!」
千鶴が泣きながら俺の身体を支える。
「大丈夫だ・・・すぐ・・・に・・・治ま・・・る・・・」
切れ切れに答える俺に、千鶴は躊躇いもせず背を向け、首筋を露わにした。
頭の中に、自分の心臓の音がひと際大きく響いた。
血が欲しい
俺は・・・
俺は今もなお
血を屠る化け物でしかないのか?
「土方さん、大丈夫です。土方さんが生きるために、血が必要なんですから」
躊躇したが、目の前の誘惑には勝てなかった。
机の上の小刀に手を伸ばし、そっと首筋をなぞりながら、刃を立てる場所を探す。
一文字に傷をつけると、赤い液体が流れ出してきた。
そっと唇を当てて、赤い液体を飲む。
甘い・・・
千鶴の血は甘い。
血というものは、すべて甘く、甘美なものなのだろうか?
確かめる術はある。
だが、確かめる気はない。
俺は欲しいのは、千鶴・・・お前の血だけだから・・・。
唇を離すと、薄く紅い線が残されている。
「すまない・・・」
「大丈夫です。私に出来る事はこのくらいしかありませんから」
千鶴の首筋に残された淡い紅が愛おしくて、もう一度唇を這わせる。
傷口を強く吸い、紅い花を咲かせる。
「ひゃ・・・土方さん・・・くすぐったい・・・です・・・」
「動くな・・・」
身じろきする千鶴の身体を、後ろから強く抱きしめる。
「俺は・・・お前にもらってばかりで・・・くれてやるものが何もない」
外の桜の様に血を吸い生きて、やがて散っていく。
桜は来年も花を咲かせるが、俺は何一つ残してやれるものがない。
「・・・じゃぁ・・・我が儘を言っても良いですか?」
回した俺の腕をぎゅっと握り、たとたどしい声で呟く。
「私に・・・私に・・・土方さんの・・・いえ・・・歳三さんの命を預けてください。私に・・・歳三さんをください」
震える声があまりにも愛おしすぎて、声をかみ殺して笑う。
「なっ・・・なんで笑うんですか?真剣にお話しているのに」
「おまえなぁ・・・くださいって言うのは、男の役目だろ」
腕をほどき正面に回ると、千鶴は真っ赤な顔をして俯いている。
俯く頬を両手で起し、まっすぐに潤んだ目を見つめる。
「俺にはこの身一つしかお前にやれるものがない・・・それでもいいか?」
「はい・・・私が欲しいのは、貴方だけです」
「俺は一生、お前の血を吸い続けるぞ?」
「大丈夫です。私の血肉も・・・心も・・・すべて貴方に差し上げます。だから・・・」
やや乱暴に唇を塞ぎ、その甘い唇に何度も何度も口付けを落とす。
やがて千鶴は脱力して、床に倒れこんだ。
髪を結い上げていた紐を外し、優しく髪を撫でる。
「俺の全てを預ける。だからお前が欲しい」
「はい・・・」
「容赦はしない」
「覚悟・・・します」
甘い吐息の漏れる唇を何度も塞ぎ、千鶴の白い肢体に紅い花を残す。
俺がこの女と生きた証を刻み込むように。
千鶴は何度も俺の名を呼んだでいたが、やがて名はあえぎ声に代わり、言葉を失っていった。
俺はお前が傍にいる限り
咲き続けよう
あの桜の花のように
俺が消えてしまっても
心の中で咲き続ける
お前が寂しくないように
俺は永遠にお前だけのものだから
~ あとがき ~
このお話は一番最初に書いたSSのリメイク版です。
タイトルだけは変更せずに使いました。
徳永英明さんの中で好きな歌の一曲『あなたのために』からいただきました。
最初に書いたオリジナルは封印させていただきました(恥ずかしいから)
主旨は変わっていませんし、その頃から思っていた「少し色っぽい感じで書きたいな」が少し達成できたかな。
桜の木の下には~の文章については
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