ちょっと長いけど

つくづくそうだな・・・と感心するこの文章を

ここで書き留めておこう。



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人生のルールはチェスのルールほど明白ではなく

ある決断がいつ取り返しのつかない結果につながるかつねにわかるわけではない。

危険を察知する時と同じで、明らかな場合もあれば、本能にまかせるしかない場合もある。

したがって、決断が間違っていたとわかった時に後戻りできるかと

自問することは、常に有益だ。

状況がまずくなった場合、どんな代案があるのか?

選択肢を狭めずにすむ代案はあるのか?


こうした考え方をするには、緊張を解きたいという欲求を克服しなくてはいけない。

誤った決断の多くは、とにかく意思決定のプロセスを終わらせたい、

決断を迫る重圧から逃れたいという願望に端を発している。

これは最悪の性急さ、みずから招く過ちだ。

何としてでも、避けなければならない。

今、決断しても得るところがなく、決断を遅らせても不利にならないなら、時間をかけて

評価を改善し、情報をさらに集めてほかの選択肢を検証したほうがいい。

マーガレット・サッチャーも言っている。

「政治の世界でひとつ学んだことがある。必要な時が来るまでは決断するな」


私の個人的な好みはいまも変わらず、同じミスをするなら直感と楽観主義を貫きたいというものだ。

プラス思考に基づく決断は、保守的な決断に比べ正確ではないかもしれない。

だが、その方が過ちから学べるものは多いはずだ。

直感を働かせ、磨くにつれて、決断は正確さを増していく。

人は行動するときに、限界を押し広げるという人間的な欲求を正就するときに

より大きな幸せを感じるものだ。

F・スコット・フィッツジェラルドはこう書いた

「持続力というのは、つづける能力だけでなく、やり直す能力にも表れる」

ミスをしてやり直さねばならないなら

もう1度やるしかない。

意思決定、プロセスに意欲的にかかわる続けるということは、

そのプロセスを改善するひとつの鍵になる。

それを実現する最善の方法のひとつは、

主導権を握り、建設的なプレッシャーを自分にかけてライバルに挑むことだ。

攻撃するものは、常に有利だと言っておきたい。



中略



プレッシャーにさらされているときに多少の不安を感じるのは、いたって自然なことだ。

新たなチャレンジに対して呑気にかまえるようになった時こそ、心配した方がいいかもしれない。

なにもかも簡単そうに思えるとしたら、自分をまだ十分に追い込んでいない、

もしくは、チャレンジが不足している。

心理的な強さを維持しなければ、逆境に直面したときに

うまく対応できない。

身体や頭脳の筋肉と同じで、心理的筋肉も使わなければ萎縮する。

新しい未知のことに挑戦するという神経の高ぶりをしばらく経験していない人は、

おそらくそれを避けているのだろう。

変化と健全な精神的エネルギーを常食することは、防御を固めておくためにも必要だ。

失敗にみまわれたときは、こうした防御がしっかり機能する状態になければならない。

つらい敗北から学び、それでいてつぎの日になったら

自分は最高だと信じることは、非常に難しい。

こうしたいくぶん矛盾した筋書きのバランスをとるには、

強い精神力がいる。惨敗を喫した後はとくにそうだ。

精神は物質を凌駕するという私たちの理論も、

状況が絶望的だと思い込んでしまえば、不利に働く。

ひとつの敗北がまた次の敗北、そのまた次の敗北を招くだろう。

これは、ひとつのトーナメント期間中に、

あるいは、ひとりのキャリアの中にでも起こり

私達は失敗するパターンにはまる結果となる。



ガルリ・カスパロフ 「決定力を鍛える」


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長かったですね(笑


こういうのって心に響く人とそうでない人と

真っ二つにわかれるんでしょうね。

でも私は、こういう理屈がわかる人が好きですね。