世の中には、いろいろな宗教があります。
日本人の多くは、仏教であるように
私の家も代々そうです。
でも多くの人がそうであるように
熱心に信仰しているわけではありません。
熱心にキリスト教を信仰されてる方は
「どんな過ちを犯しても神は愛して下さる」
そんな大きなキリストの愛に導かれているようです。
実は私、旧約聖書も読みましたし
新約聖書は、手元に持っていて
その内容に、助けられる時もあります。
ただイエスが神である事を信じるか?
と言われると、ちょっと違う気がします。
私にとって聖書は、どちらかと言えば
哲学書のような存在なのです。
神を信じていないわけでなくて
私が思う神は、もっとスケールの大きな・・・
宇宙的なものです。
現実には、自然以上のものです。
ただ熱心な信仰で、救われてる人は、確かにいるようです。
信じる者は、救われる・・・というのも事実のようです。
人間は、あまり大きな自由を手に入れると
かえって道を見失って不安になるのかもしれません。
狭い世界に身を置く方が幸せな事もあるような気がします。
わかりやすいたとえ話をすると
「夫の浮気に気付いた妻が
それでも夫を強く信じていて、浮気は単なる遊び・・・
もしくは、魔が刺しただけであって
夫が一番あいしているのは、自分だと疑わず
幸せでいられることです。
妻は、信じているから幸せで
たとえ夫は、本当は妻を愛していなかったとしても
妻は幸せなのです。
信じているから。」
私は、宗教もこんな雰囲気のものだと思っています。
シビアすぎ・・・でしょうか?
だから信仰深い人たちが
幸せそうに見えても
自分は、熱心な信者には、なれないと思います。
なにか・・・違うような嘘のような気持ちが抜けないからです。
でも熱心な信者の皆さんは、
悩みがある時
牧師や、僧侶に相談し、励まされ、慰められています。
そういうカウンセラーが常に居るのだから・・・
やっぱり一般人より幸せなのかも。
同じ信仰の仲間もできるわけなのだし・・・
「信じる者は救われる」
確かに正解かもしれませんね。