妻の妊娠 がわかるまでの期間、なんとなく「そうかな」という思いがありました。
妻が検診へ行き、
「わたしでも、あなたでもない人が、どうやらここ(おなか)にいるみたい」
と話したときに、じわっと実感しました。
ここからの温度差(というか、変化の度合いとペース)に、夫婦間格差が出ます。
まず、父となる私のテンションが高い。
自身で振り返っても、異様に高い。
娘を欲しいとずっと思っていたことと、もともと子ども大好きだったこととが相まって、
毎晩、妻のおなかにいる子へ話しかけていました。
今にして思うと、そのやりすぎ感は否めず。
一方の妻は、体と環境の変化のためか、不安90%、嬉しさ10%のように見えました。
今にして思えば、その気持ちがよくわかります。
何しろ、臨月を迎えても尚、無事に産まれてくるかどうか不安になりますもの。
(ちちとしても、出産に立ち会い、無事産まれてくるかどうか、不安でいっぱいでした)
おなかの中で日々育つ命と向き合っていれば、
不安にならないことの方がむずかしいと思います。
ゆるやかな不安は、一か月、二か月と、わたしたち夫婦に寄り添いました。
それからしばらくして、またしても変化が訪れます。
妻が検診へ行き、
「わたしでも、あなたでもない人が、どうやらここ(おなか)にいるみたい」
と話したときに、じわっと実感しました。
ここからの温度差(というか、変化の度合いとペース)に、夫婦間格差が出ます。
まず、父となる私のテンションが高い。
自身で振り返っても、異様に高い。
娘を欲しいとずっと思っていたことと、もともと子ども大好きだったこととが相まって、
毎晩、妻のおなかにいる子へ話しかけていました。
今にして思うと、そのやりすぎ感は否めず。
一方の妻は、体と環境の変化のためか、不安90%、嬉しさ10%のように見えました。
今にして思えば、その気持ちがよくわかります。
何しろ、臨月を迎えても尚、無事に産まれてくるかどうか不安になりますもの。
(ちちとしても、出産に立ち会い、無事産まれてくるかどうか、不安でいっぱいでした)
おなかの中で日々育つ命と向き合っていれば、
不安にならないことの方がむずかしいと思います。
ゆるやかな不安は、一か月、二か月と、わたしたち夫婦に寄り添いました。
それからしばらくして、またしても変化が訪れます。