台所でご飯を作っていたら、

居間から突然、主人の大声。

「まいったな~、僕、奥さんいるんですけど~!目がハート



誰と話しているのかと思ったら、

猫のトーマス(♀)に話していた。

じっと見つめられて、メロッちゃったらしい。。。



追伸:コメントありがとうございます。
もう少しお休みさせて下さい。。。すみません。。。
ご無沙汰しています、ぱぷりかです。

ちょっとショックで凹んでいます。

引っ越しした当日に、友人の訃報を受け取りました。
肺ガンと闘っていた友人です。
病床について、わずか2ヶ月くらいだと思います。

私が昔、うら若き乙女の頃、一緒に芝居をし
汗水を一緒に流した友人。
私の素晴らしい相手役でした。
私に青春という言葉があるならば
まさにその一つを一緒に過ごした人です。

プロレスが好きで、格闘技が好きで、女の子が大好きで、
下ネタが大好きで、
そして芝居が大好きだった人。
子供が大きくなったような大人だった人。
いつも人のことを考えて、
心の奥底に人間に対する深い愛情を持っていて、
そして、自分のやりたいことに貪欲だった彼。

その彼が闘病しているという噂を聞き、
連絡するまでかなり迷いました。
泣きながら彼のブログを読み、
彼はまだ芝居を続けていて、抗ガン剤治療の中、必死に11月の舞台の脚本を
書いていると知り、
勇気を出して、彼に連絡をしました。


11月の舞台には、帰国して観に行こうと思っていたのに
間に合わなかった。


私にとっての青春は、一人では成り立ちません。
団体行動が苦手な私ですが、それでも、仲間なしでは有り得ないと思います。
仲間と一緒に同じ時間を過ごし、
困難を乗り越えていくからこそ、存在する。


彼の闘病生活を知り、
私の中に、懐かしい感情が湧き上がりました。
あの頃の情熱を思い出しました。
そして、今の自分を少し恥ずかしく思いました。

こんなところで、いつまでも立ち止まっていてはいけない。
言ってるだけじゃダメなんだ。
走り出さないと。
全力で駆け抜けないと。
大事な人を失うまで、わからない自分がもどかしいです。
いろいろな変化を迎えています。

きっとこれからも、こうやって彼のことを思い出しては
自分を振り返るんだと思います。


葬儀の日、ふと

「葬式は、たくさんの人が、一気に話しかけてくるから
 話好きな彼には、自分の言葉が届かなくてつらいだろうなー。」

と思い、彼が何を言おうとしているのか、耳を澄ませたら
心がホッと軽くなりました。


今はただ、安らかに眠ってくれることを祈ります。
美味しい空気をたくさん吸っていることを祈ります。


最後になりますが、申し訳ありません。
ちょっとだけ、コメントのお返事待って下さい。

いつもいつも暖かい言葉を頂けるみなさんには、大変申し訳ないのですが
充電して、パワーアップして、必ず戻ってきます!
その日まで、少しお休み下さい。


追伸:彼の「爆笑!肺癌闘病日記」すごいです。
素晴らしいです。
よかったら、覗いてみて下さい。

http://blog.livedoor.jp/ninjakick/

ギリギリになったけれど、やっとメドがつき
来週の月曜日に引っ越すことが決まった。


引っ越しして来たときには知らなかったのだが、
この地域では、新しく移住して来たとき、
そして去るときに近所の人々に食べ物を送る習慣がある。
お弁当のようなものを送る人、
パンやお菓子の詰め合わせを送る人、人それぞれだ。
食べることに不自由している国だから出てくる発想なのかもしれないが
どうして食べ物なのかはよくわからない。


本当は、家を購入した人だけでいいので、
我が家のように借家の場合には当てはまらないのだが、
今までのお礼の意味も含めて、
我が家も贈ることに決めた。


自分が住んでいる地域の分でいいのだが、
私達が仲良くさせて頂いた人達は、生活に困っている人が多く、
また、対象となる居住区から外れるため、
地域に詳しいセキュリティのお兄さんと何度か話し合い、
その人達にも食べ物が行き渡るようにして人数を見積もって
80世帯。


私と主人がご褒美として食べに行く鶏料理屋さんにお願いして、
折り詰めを作ってもらい、
挨拶状を自分でデザインし、
今日、配ってもらった。


それにしても、本当に大好きな土地だった。
インドネシアにはずいぶんと住んで来たけれど、
初めて居心地がいいな、と感じる場所で、
家が欲しいと思ったのも、この土地が初めてだ。


そしていろいろなことを教わった。


体に障害を持った人が多く、
片目がないけれど、マッチョ大好きでトレーニングに励むおじさんは
飲料水やガスを届けてくれるたびに、
我が家のタニタの体脂肪計で体重をチェックするのを楽しみにしており、
他の人にそれを自慢して、
我が家にドドドと人が集まったことが、何度もある。
体重を測ってあげるだけで、みんな喜んでくれて、
私のほうが、嬉しくなった。


体中の関節が曲がってしまっているけれど、
いつも決まった場所にずっと座っているお兄さん。
このお兄さんは、引っ越してきた当初、
村の人々が私達を敬遠していた時でさえ、
会うといつも気持ちのよい笑顔をくれた。
そして、挨拶を交わしていくうちに、それらを見ていた他の人達が
声を掛けてくれるようになった。


足が正座の状態で曲がっているお姉さんは、
家で、料理を作り、それを他の人に販売してもらっている。
そして、このお姉さんが作るお菓子は最高に美味しかった。
滅多に表を歩いている姿を見たことはないが、
たまたま道で、両手で這うようにして歩いている姿をみて、
がんばって生きているな~と感じた。


近くで屋台を営むおばさんは、喉がソフトボール大以上に
膨らんでいるが、
毎日笑顔で、私と主人のために、夜な夜なジンジャーティー
を作ってくれる。
お酒を飲むのが一般的ではないこの国では、
屋台が人々の社交場になっていて、
ここで、子供や大人たちと、くだらない話をして過ごすのが
楽しかった。
もっと早くから行きつけにしておけばよかった。


障害を持っている人は、
周りから障害を持っているからと特別視されることもなく、
また、彼らも気にする風情も見せず、
自分たちに出来ることを粛々と重ねて過ごしている。
そして、それが当たり前になっている。
日本では、ちょっと見られない光景な気がした。


困ったことがあったら、近所で助け合ったり、
毎月一回は、地域会で早朝ウォーキングがあったり、
その他にもイベント盛りだくさんだった。
土曜の夜は、近所の人が我が家の前のセキュリティ小屋に集まって
夜中まで話し込んだり、
みんなで一緒にテレビを見たり、
誰かの誕生日には、カラオケ大会が庭で催されたり、
年末には、みんなでよい年を迎えましょう、という意味でか、
ケーキを配って歩くおじさんがいたり、
私が熱を出して寝込んだと知れば、
隣のおじさんが薬草をもってきてくれたり、
とにかく、みんなで分け合うことが多く、楽しかった。


スーパーで買えば安くなる品も、
近所の人達にお金が落ちるのなら。。。と少し高くても
近所の人から買うのが、苦にならなかった。



都市自体も素晴らしく、
ぼったくられたり、騙されたり、盗まれたりが多いインドネシアで、
払い過ぎを返してくれるケースに何度も出会った。
賄賂を請求する役人もいなかった。
忘れものを次回の来店まで取っておいてくれる店もあった。
これらには、主人も心底驚いていた。


と、ここまで書いてきたが、
いいことばかりなわけでもなく、
田舎だから、噂が広がるのが早かったり、
外国人だから気に食わないのか、意地悪をする人や
嫌な言葉や態度を示してくる人もいた。


でも、それらは、私が社会の中で生きているからこそ
出会う事柄なのだ。
人々の中で生きているからこそ、
悔しかったり、
腹がたったり、
悲しくなったりするのだ。


最初の時期は意地悪をされっぱなしで、
唇を噛み締めたことも何度もあったけれど、
負けずに、積極的に近所の催し物に参加したり、
声をかけたり、
写真を撮ったり、
自分に出来ることをコツコツとやっていたら、
気付いたら多くの人が笑顔を向けてくれていた。
信頼関係を積み上げていく大切さを、教えてもらったんだと思う。


バンドンに帰れば、隣に誰が住んでいるかわからない生活が
待っている。
お互いに干渉しないから、何もされるわけでもないが、
何かあっても、助けてくれるかわからない。
大体、お互いを知らないから、敬遠してしまって
他人事になるだろう。


また、いつか、縁があれば、ここに戻ってきたい。
そして、ここで学んだことを無駄にせず、
他の場所でも活かしていきたいと思う。


ここに住む人達に、たくさんの幸運と神の守護があるように。
素晴らしい土地に住まわせてくれて、本当にありがとうございました。