おはようございます。本日もお読み頂きありがとうございます。
私は、ITコーディネータといって、企業団体のお困り事を解決するお手伝いをする仕事に従事しています。基本的に、開発は行わないのですが、色々事情があって、自分でも開発を行わなければ、支援先の要望に応える事ができなくなり、つい先日から、プログラムの勉強を始めました。60の手習いです。
歳をとっても、昔しとった杵柄です。開発言語は違えど、昔は二流プログラマーとしてブイブイ言わせていた時代もあったことが幸いして、見知らぬ開発言語の世界でも、学校に通うことなく、なんとなくプログラムが読めるようになってきました。
最近、「人間死ぬまで脳みそは進化する、学習する能力がある」という趣旨の養老孟司さんの動画を見ました。どうしても歳をとると、学習意欲が衰えてしまいがちです。もう62才だから……、今まではそうでした。しかし、やってみたら案外、養老孟子さんが言うように、新しい知識が頭に入ってきます。いや、昔よりも学習スピードが速くなっているような気がします。何故でしょうか?
私なりの解釈ですが、過去の経験の蓄積で、大体想像がつく事が原因だと思います。開発言語は、表現が違っていても、考え方は(理論)は同じです。丁度、日本人の営みと外国人の営みが似ているようなものです。どちらも家に住み、食事をとり、そして眠る。その行動の名前が、日本語か、外国語かの違いがあるだけだとう事です。
そう考えると、どんなに年をとっても、生きている限り成長し続けることができるという事です。あちらの世界では、こちらの世界のこれの事を○○と言うんだナ!って感じです。その解釈が正しいか、間違っているかは、プログラミングの世界では、即座にわかる点も、手習いに向いているのかもしれません。
もう一つプログラミングを学ぶ良い点は、ミクロとマクロを同時に考える能力が求められ、鍛えられる点でしょう。一つ一つの命令語の集合体で大きなシステムになるのですから。ほんの一つ間違った命令語を使ってしまったら、システム全体が間違った処理を行ってしまう。だから、全体の仕組みを考えながら、超個別的な部分で考える。そのような抽象的な作業がプログラミングなのです。
個を知り、全体を知り、その間を自由に行き来することで、優れた仕組みを作る事ができるという当たり前の事思い返しています。
まだまだ勉強の途上ですが、早く簡単な仕組みくらい自分だけで作れるようになることを現在の目標としています。
終
