おはようございます。本日もお読み頂きありがとうございます。
最近、今後10年後には無くなる職業について予想する記事をよく目にします。その理由は、AI(人工知能)がいよいよ本格的に仕事に進出してきたからだと思います。
でも、冷静に考えてみると、AIが生まれる前から、職業とまではいかなくても、特定の職種が、どんどん消え去っています。例えば、駅の切符を切る仕事があります。私の若い頃は、電車が到着すると、切符を切るハサミをカチャカチャさせて、乗降客を待ち受けて、乗客が差し出す切符を素早く確認しながらハサミを入れます。それは見事な職人芸といってもよい仕事でした。しかし、現在では、電子切符や、無人駅化など、切符を切る職員を見なくなりました。全国の駅の数を考えると、大変な人数の仕事が無くなった事になります。
技術の進歩は、常に仕事を奪って来ました。第一次産業革命では、蒸気機関が多くの肉体労働者の仕事を奪い、労働争議に発展しました。しかし、経済合理性にはあがなえず、蒸気機関を使う事を前提に産業は発展しました。
肉体労働がどんどん減っていく中、増加していったのは、いわゆるホワイトカラーと呼ばれる事務職です。複雑化する社会を支える基盤を運営するために必要な事務が大きく育ったのです。しかし、その後、コンピュータが導入され、事務の合理化が進みました。現在は、その途上にあると言えます。
今までの事務処理は、5人で行っていた仕事を2人で行うように合理化が進みましたが、今後、よりデジタル化が進めば、事務作業自体が無くなる可能性が出てきます。事務自体がシステム化されて、仕事に関する事務手続きは、全てコンピュータの中で完結するようになります。その良い例が、ネット通販です。消費者が欲しい商品を見つけてマウスでクリックするだけで、翌日以降商品が届けられます。これを、人手による事務作業で行うと膨大な人手が必要になり、とても翌日に商品を届ける事は出来ないでしょう。しかし、現在は、消費者と、商品をピックアップを監視する人、そして、実際に届けてくれる人、それくらいしか、人間が関与していないために、翌日配達が可能になったのです。
この流れは、どんどん加速して行きます。だから、あらゆる仕事が無くなると言われているのです。しかし、待ってください。人口は発展途上国を除いて減少傾向にあります。いや、減少しているというよりも、適切な人数に収れんしていると言った方が適切だと思います。
その減少しつつある人たちは、何を仕事にすればよいかという問題が残ります。過去、花形だった弁護士などの仕業は、確実にAIに仕事を奪われます。もともと仕業は、一般人が持ちえない知識を持っていることが武器でした。しかし、知識はインターネットに豊富に存在し、その知識をAIが学習し、専門家と同じ理論で正しい答えを導き出すことが出来ます。そうなると、過去の例に照らしても、機械の方が正確で、生産性が高いのは火を見るよりも明らかです。どんどん、社会のニーズが小さくなり、職業人の数が減って行くでしょう。
では、どんな職業が残るのでしょうか。考えてみれば、人間は消費の動物です。常に何かを消費し続けています。消費するには動機が必要です。その動機を与えてくれるのは、人間です。そう、人間の仕事は、創造性と共感と消費に集中して行くと思います。
そういった意味では、接客などのサービス業やクリエイターなどの創造的な分野の仕事は無くならないでしょう。一部、作曲をAIが行い、かなりの出来栄えであったと報じられていますが、それは、過去の情報の組み合わせから生まれたもです。例えば恋しい恋人を思いながら、作曲した名曲であると知ると、その曲が心に刺さります。AIにより、何々風の音楽を作ってみました!と言われても、例え良い音楽であっても、『ああ、そうですか、良く出来ていますね』で終ってしまう気がします。
だから、これからも残る職業は、全て、何かしらのドラマや筋書きがあり、そこに感動し、共感し、興味を持つ流れの中で生まれると思うのです。
そういった意味では、人のこころの中にある「べき論」や「正解至上主義」から脱却して、正しい目標、すなわち、人類愛に根ざした、新しい発想を持てる人材を輩出するようにしなければ、これからの社会の発展はないと思います。
最近、東大文一の志望者が減ってきていると報じられています。つまり、知的労働者の花形であった弁護士の仕事は、人類の幸福の為にならないばかりか、近い将来AIに仕事を奪われると感じ始めた結果かもしれません。
これからも残る仕事は、人に感動を与える事ができる仕事であると思います。
終
