おはようございます。
本日も私のブログをお読み頂きありがとうございます。
めっきり寒くなり、布団から脱出することが困難になりましたね。
唐突ですが、私のサラリーマン時代の1980年代は、「成果」という概念が薄かったと思います。高度成長期の終盤ではありましたが、何をしても企業は儲けが出て、何が本物の成果なのか分からない時代でした。
例えば、金融機関の預金獲得の例にとれば、契約額よりも契約口数が重要だ!なんで、今では信じられない事を成果としてを求められていました。現在では、そんな不合理な成果を求めることは無いと思いますが、当時はそれがスタンダードだったのです。
会社から求められる「成果」が合理的で、かつ、会社の目指すべきビジョンと合致していると心底、腹に落ちていなければ、やらされ感満載のノルマとなってしまいます。そうなると、モラルが低下して、不祥事に繋がります。全ては合理的な目的達成を行う中で最善の努力を尽くす事が大切です。
しかし、目的やビジョンの共有が出来ても、やはり成果を生む事は困難です。なぜなら、成果をあげることが、習慣化されていないからだと言います。実はこの言葉は、敬愛するドラッカーの言葉です。
習慣化とは、特に考えなくても自然に行ってしまう行動や思考だと思います。私達の仲間は、長年サラリーマンを続け、また、その親もサラリーマンの場合も多かったと思います。そのような環境で育つと「成果」とは何か?と考えることが無かったでしょう。せいぜい、テストの点数くらいでしょうか。
一方、経営者の家庭に生まれれば、成果とは「人により利益を生む事」という考えが自然に身に付いていると思います。会社経営とは、社員の働きにより売り上げを作り、収益をあげて、その収益が社員のお給料として支払う。そんな、現実を目の当たりにしているのですから、当然「成果」という考え方が身に付くと思います。つまり、習慣化するのです。
過去の労働人口の80%は、肉体労働者でした。いわゆるホワイトカラーと呼ばれていた労働者も、自分の時間を切り売りする肉体労働者でした。しかし、各業界の中にも、本当の意味での「管理者」という、知識労働者がいました。しかし、とても少数でした。もしかすと経営者だけだったかもしれません。
しかし、現在は、肉体労働者の仕事はどんどん減っています。機械化が進み、生産性が上がり、人手が不要になってきているのです。同様に、ホワイトカラーの労働者も、言われた事だけ行う、事務的肉体労働も減少していますし、これからは、もっともっと減少するでしょう。10年先は、そのような仕事が皆無になる可能性すらあります。
だから、一人ひとり、仕事における「成果」を意識してなければいけないのです。成果とは、利益です。ただし、利益といっても、金銭的な利益ばかりではありません。
病院の成果は病人を治すことです。学校は基本的知識を教育し考える力を養うことが成果です。この、成果を常に考える習慣があるか否かが、その人の人生観を大きく変えます。
目的は何か。どうすれば目的を達成できるか。そのために必要なものは何か。この問いを常に行える者だけが、リーダーとして活躍できるのです。
私は、40代にドラッカーの「マネジメント」を読み、自分の仕事に対する姿勢の間違いに気づかされました。そして、独立したのち「プロフェッショナルの条件」を読んで、ITコーディネータの支援メソッドや、ぼんやりと体系化されていなかった「成果」についての考え方を整理して理解できるようになりました。
そんな、私の思考の変遷が皆様のお役にたてれればと思います。ぜひ、私のホームページにお寄り頂き、私の思いの道程を感じ取って頂きたいと思います。
終
