おはようございます。
本日も私のブログをお読み頂きありがとうございます。
最近、「人の目標は何か?」と考えるようになりました。ドラッカーやアドラーなどの著名な方の本を読んだり、最新の脳科学や社会学、そして歴史を鑑みると、『人は、なりたい自分にしかなれない』という事が真実であると確信したからです。
組織も、人も、目標がなければ、大海を漂う小舟のように、風と潮に任せて漂流するが如く、とこにもたどり着く事ができません。逆に、成りたい自分をイメージできれば、そこに計画性が生まれ、計画を実行する事で思い通りの自分になれるのです。
先日起きた、電車内での放火と刃物による傷害事件がありました。これも、人生の目標を誤って設定したために、その誤った目標に向かって準備し、実行し、最終ゴールにたどり着いたのです。もし、彼が生産的で健全な目標を持っていれば、あんな悲惨な事件は発生しなかったでしょう。
しかし、私の周りの人をみていると、本当の目標を持っている人が少ない事に気が付きます。言い換えると、手段が目標になっている人が多いのです。
その昔は、全てが不足している時代でした。何をするにも、こちらから取りに行かなければ手に入りません。手に入れたモノには愛着が湧き、もっと、もっと沢山得ようとします。そして、本来やりたかったことや、成りたい自分を忘れて、物欲や金銭欲、権威欲を満たす事が目標になってしまいました。と、言っても、それらが悪いとは言っている訳ではありません。たとえ私の価値観と違っていても目的を達成する事は良い事です。
しかし、世の中を見渡すと、大金持ちの方が幸福な人生を送っているように見えないのは私だけでしょうか。大きな権力を得て、自分の思いで他人を自由に動かす事ができても、その人の心の平安は満たされているでしょうか。
『必ず成りたい自分になれる』という真実があるが故に、どういう自分に成りたいかを見つける事が人生において一番大切な課題であると思います。
『どういう人になりたいか』の判断の基準は、やはり自分です。自分が幸福か否かが判断基準になります。「忘己利他」の精神を説く人がいますが、その前提は、自分が幸福ある事です。その幸福は、心の内にある平安に他ありません。逆説的に言えば、自分の心が平安であれば、他者に対して貢献できるし、貢献して感謝されることで、増々自分が幸福であると感じられるのです。
自分が幸福になる事に遠慮はいりません。自分が幸福になるために、どんな自分になればよいかを真剣に考えてみいてください。そうすれば、自ずと今何をしなければならないか見えてきます。そして、小さな未来が少しづつ見えてきます。ほんの小さな灯りでも、その光に向かって努力すれば、必ずなりたい自分になれて、幸福が手に入ると信じています。
実は、この文書は自分宛てに書きました。
終
