5~6年前頃から、社会の常識が非連続的(急激に)に変化してきていると感じていますが、皆さんはいかがお感じでしょうか。
昭和~平成の終盤までは、「モノ」や「量」が正義でした。車が欲しい、自分の家を建てたい、ということ事が人生の目標でした。
しかし、令和の時代に入って、特に顕著になってきている現象が、「モノ」から「コト」へ、「量」から「質」へと欲求の対象が変化してきているのです。
原因はいろいろとあるとは思いますが、インターネットの普及により画一的な価値観が崩れ、多様性を相互に認めるようになったのが、大きな原因ではないかと考えています。
昔の価値観は、「人よりも偉くなること」「今より沢山給与をもらうこと」など、何かと比較することで、自分の優位性を確認し、確かめることが幸福度を測るバロメータでした。
でも今は、個人個人が情報発信して、様々な価値観に触れることができるようになり、その価値観に共感したり、学んだりすることが出来るようになりました。つまり、比較しても仕方が無いことであると悟ったのです。
また一方では、「何が正しくて、何が悪い事か」の判断基準も高潔になってきていると感じています。つまり、多くの価値観の共通項である、人として正しく生きる共通理念(倫理感)が、高まっていると思うのです。
新聞などを読んでいても、凶悪犯罪の記事が減っているように感じていました。そんな感覚が正しいかと、ネットで調べてみたら、京都産業大学の田村正博教授のレポートを発見。これによると、平成15年を境に犯罪は大幅に減少しています。平成15年(2003年)は、地デジの試験放送が始まり、インターネットの利用も盛んになり始めたころです。
犯罪の減少は、価値の多様性を認め合うことで、自分と他人を比較する必要がなくなり、劣等感やストレスが減ったためかもしれません。
この現象は、令和になるとより進んでいるように感じます。
今まで公にされていなかった、合法かもしれないが倫理的(人として)にどうなのよ!と言うようなことが事案が、ネット世界で公になり、それを正す機運が高まってきています。一部行き過ぎた○○警察とか言って、過剰な正義の押し付けも存在しますが……
だから、企業として、社会人として、何が正しく、何が正義かを考えながら組織を運営してゆかなければ、その事業(会社)はいづれ市場から見放され、消えて行くことになると思います。
だから、昔以上に、商品やサービスを差別化しにくい時代において、顧客に貢献する、つまり、顧客第一主義を貫いていかなければ生き残れない時代であると感じています。(この事実について無関心な経営者が沢山いる気がします)
だから、令和は、個人の生活は平和で豊かになるけれど、企業にとっては、経営方針を誤ると生存自体が危うくなる時代になると思いますが、皆さんは、どうお考えでしょうか?
