私だけかもしれませんが、その昔は、「生産性を上げる」と言われると、「お前はいままで、サボっているから、もっと頑張れ」と言われているような気がして、あまり愉快なことではありませんでした。
実際、私が新米の銀行員だった頃、伝票の集計は「そろばん」が主流で、これで集計していました。私は、就職するまで、まともに「そろばん」を習ったことがなく、四苦八苦しながら集計するのですが、先輩行員の何倍も時間が掛かり、自分でも「生産性が低いな」と感じていました。そんな、原体験のある私が、「生産性を上げろ」と言われると、「腕が悪い」と聞こえるのも無理がないことです。
しかし、時代が変わり、「生産性向上」の意味が変化しました。それは、個人の能力の向上による生産性の向上(如何に高速に沢山の仕事をこなすか)から、仕事そのものの「やり方」「進め方」「あり方」を見直して、「やるべき事」と「やらない事」を分別して、「やらなくてはいけないこと」のみ合理的に行う仕組みを作る時代となったのです。
例えば、大手金融機関や生損保では、申込書をシステムに入力する仕事は、人間が1枚1枚手作業でシステムに入力していましたが、現在は、機械的に手書き文字をデータ化(OCR)して、その内容を人工知能(AI)が精査して、システムに入力(RPA)するようになりました。新聞では、1社あたり、数百人のオペレータが配置転換になったとありました。
しかし、まだ多くのビジネスマン、特にホワイトカラーの人々はその変化に気づいていません。ましてや、生産性向上が、自分自身の幸福度に寄与するなんて考えてもいないのが現状でしょう。
そもそも「仕事」とは、生活を維持するための収入を得るためにあるものと考えられています。それは真実です。人は、収入が無ければ生活できません。だから、仕事はとても大切なものです。今の仕事がなくなることを極端に恐れています。当然です。
一方で、社会の構造がどんどん変化する中、会社の経営環境の変化や、情報処理技術の進歩により、今まで通りに仕事をしていると、会社自体の競争力が低下し、存続自体が危ぶまれる可能性があります。だから、ビジネスシーンで「そろばん」を見なくなったように、今、当たり前に行っている仕事がなくなるのも必然です。
ここで重要なのは、生産性向上は、非連続的な変化であるということです。いままで1時間掛かっていた仕事が、5分、10分短縮くする「改善」ではなく、その仕事自体が無くなるなど、急激な変化です。だから、拒絶反応も大きいのも当然です。
しかし、安心してください。
私は、過去、10人以上の人が手作業で行っていた仕事を、たった3名程度で処理できる仕組みを作り、余剰な人員は、別の職場に異動して頂きました。、その職場で新しいキャリアを歩んでいただいた社員の中には、管理職に昇進された方もいました。
人は、与えられた環境に順応し、そこで、仕事の重要性を知り、楽しみ、その仕事をもっと良くして行きたいと考えるます。これらの、「生まれながらの習性」、言い換えると、仕事に対する向上心をがあるのです。
この向上心があれば、新しい職場でも、生き生きと、楽しそうに働き、新たな目標を見つけて頑張ることができます。
人は、変化を恐れますが、それは、杞憂です。逆に新しい仕事にチャレンジできる良い機会だと考え、変化を取り入れてください。そうすることで、また、違った幸福な人生が待っています。