因果応報

あなたたちの幸せを願います

因果応報

声をあげることのできない私の

因果応報

そのわけを考えたことはありますか

因果応報

必死に毎日学校へ来ていた私の

因果応報

顔をのっぺらぼうにした

因果応報

あなたたちの幸せを願います
何も言わない子がいた。

首をたてにふったり横にふったり、かしげたり

そうして、はいやいいえを表現した、あの子。

国語の教科書、何ページを読んでください、

先生に当てられた時は、

ちゃんと声を出して読めた、あの子。

だけど休み時間は決まってひとりぼっちで、

何も言わないあの子。

なんでかな?

どうして話をしないのかな?

こどもも大人もわからなかった。

だから

わざと話さないんだと、

話しなさいとあの子を責める。

わからなかったら、決めつけていいの?

結果、あの子は傷を負ったまま大人になった

今、この傷を弔おう
8月に書いたきり、まぁそんなに間は開いてないんやな。

昔は毎日のように更新していたっけ。
かんもく症で思うように自己表現できない不自由さが、抑圧されていた心が、文章を公開できるネットで爆発し言葉が自分からあふれ、私は毎日のように自分の言葉を書いていた。
同時に日常は苦しいものだった。

今、実家を出て離れた場所に住んで、
恵まれた療養生活を送らせてもらっている。
といってもまだまだ精神は不安定で生活もままならないと感じることが多い。
自分はレベルの低い奴だと思う、
執着しがちな心がある。

空、くう、という仏教の言葉がある。
まぁ、なにもないよという意味なのだが、
なにもないよと言っても世の中色々ありすぎやんけと思う訳だけれども、
空、なにもない、これはある意味真実ではないか?という風に、色々なページを読み考えて感じるようになった。
執着するかしないかの違い。なのかなーと。
それをいったら人間、執着しまくりの生き物ですがな。なにもないなんて思えない!

それでもいい、チラチラとでも、なにもない世界を想像してみることが、はじまりなんじゃないのかなあと、
ふと、小さい脳みそで思ったのでした。
電話では話さないと何もわからないので、仕方なくあきらめたように私は言葉を発する。
学校にいる時は話せないのに、なぜか同級生や教師という学校の人間と、電話でだけは最低限会話可能だった。

「○○ちゃんて電話だと話すんだよ!」
必ずそうみんなに暴露するヤツが一人は出る。まったく困ったもんである。

「じゃあさ、みんなと電話でつながってるって思えばいいんじゃない?」
そうだね!あったまいい!とは到底思えず私はこの不自由さを同級生に伝える術を思いつけず、その無邪気な純粋なバカで単純なお気楽な発想の前でただ途方に暮れた。
久しぶり過ぎる更新です。
Twitter廃人なのでブログのほうは放置してましたが、
Twitterアカウントのほうにやむを得ずカギをかける事になったので、知ってもらいたい事はブログに書く事にしました(@_@)



自分の生活でいっぱいいっぱいで、なかなかかんもく症啓発を行動に移せていなかったのですが、

5月はかんもく症啓発月間!という事をTwitterで見て(知ってたけど去年は何もできなかった…)、

自分なりにできる事からやっていきたいな、という気持ちから、あとは水色リボンがなにやら海外では、かんもくのシンボルマーク?らしい?というTwitter情報からヒントを得て、

まずはプラバンでキーホルダーでも作ろうと、
デザイン画を描きました…(雑)



できあがった物がこちら。

だせえ(笑)

そんで100均で買った油性マーカーが、くさい。超くさい。
換気必須(*_*)
マッキーにすれば良かった?

一度カバンに付けて歩いてみたのですが、
ちょいちょい裏返って見えないのと、
…恥ずかしい)^o^(

やっぱりダサいのが…
まだ材料あるので、次はもっとかわいらしく?、「おなかに赤ちゃんがいます」に似せてまんまるなやつを作ろうと思っています。。

みなさんもいかがでしょうか(´・ω・`)?