仕事をしていて、昼飯を食い、午後。

いつもいつも、僕は戦っています。
睡魔と、全力で。

その戦いに打ち勝つことは到底できないわけで、カフェインの力を借ります。
サラリーマンの味方、缶コーヒーを買うわけです。

プルタブを開け、口をつけようとすると、ふと思った。

「この缶コーヒーに毒が仕込まれていたら?」

その時、僕はこう思ったんだ。
「今死んだら、心残りは何だろう?」

眠り姫を聴けないこと。
9月の世界の終わりライブに行けないこと。
まだ見ぬ宮崎あおい似の彼女に会えないこと。
大事な人たちともう話せなくなること。
etc…


そう考えていたら、なんだか死ぬことが怖くなってきて。
生きることに執着していないはずだったのに。

大切の事が、大切なものが、増えてしまったから?

僕は持ちきれない荷物を持って走れるほど強くはないけれど。
持ちきれない分は誰かに手伝ってもらえばいいから。
その誰かは分からないけれど。


僕の好きな世界の終わりの「死の魔法」にこんな歌詞がある。

始まったものはいつかは終わっていくんだ
「今」を生きるということはソレを受け入れて生きる事
僕は大切な仲間や愛する人がいるのに
どうして「今」という時間を大切に出来ないんだろう


正に、今を大切にする、それに尽きる。

たとえ毒入り缶コーヒーを飲んだとしても、後悔することが無いように今を生きないといけない。
…というのはただの理想。

後悔なんて、絶対にしてしまうものだと思っていて。
たとえ120歳まで生きたとしても、200歳まで生きたとしても。

後悔することを恐れない人間は強い人間だから。
僕は、強くなんかないわけで。
だから、後悔することを恐れていて。
だから、できる限り後悔しないように「今」出来ることしようとしているのかな、と。

そんなことを、仕事中に考えていた。

最近、こんなことをよく考える。
そういう時期なのかなとも思う。
でも、こういうことを考えるのは嫌いじゃない。
一歩間違うと、命の危険を感じてしまうけれど。

とまぁ、そんなどうでもいい話。