「シンハー・ビールを2本と、お魚のゴイクンを4本。それに、青いパパイヤのサラダを1つ下さい」
わずかにエキゾチックな佇まいを感じさせるウェイターが、かしこまった様子で伝票へ注文を書き留め、丁寧に一礼をしてからテーブルを離れた。
すぐに戻ってきた彼は、右の手のひらへ載せたステインレスのトレイの上へ数本のビールを載せていた。そのうちの2本を、おそらく現地の屋台の雰囲気を作ろうとした結果こうなりました、というような雰囲気のビニール製のテーブルクロスの上へ置くと、また丁寧に一礼してから他のテーブルへ移っていった。
彼女と彼女の友人は、極めて高い今夜の湿度に乾杯し、よく冷えたビールに口をつけた。
ビールは冷えすぎといっても良かった。しかし、早朝から30℃を越えていた今日一日のしめくくりとして、やさしく軽い飲み口でわずかに柑橘系のフルーツのような香りを持つ熱帯雨林の国のビールは、この上なく正解だった
「このビールはヴェトナム料理にもタイ料理にも、マレーシアやインドの料理にもまったく違和感なく合い、気持ちよく飲むことができるわね。他にもそういう銘柄がいくつかあるわ。東南アジアでは皆、ビールの嗜好が似通っているのかしら。」
喉をくだっていく冷たさの余韻を楽しみながら、彼女は友人の話を受け止めた。
そして、半ば以上冗談を言うときのいたずらめいた笑顔を浮かべると、次のように答えた。
「メコン川流域の国々の料理や飲み物は、みな一様に特定の法則の上に立って作られているのではないかしら。その法則は、この地域の人々にとって国境も歴史もまったく無関係に、恒久の普遍性を持っているのよ。そして、その法則を忠実に捉えて作られたビールであれば、どの国のビールをどの国の料理に合わせても、少なくとも、違和感なくすんなりと料理に溶け込むことができるのよ」
「どんな法則?」
友人はテーブルに右の肘を着き、殆ど空になった瓶を軽く振りながら訪ねた。
彼女は空になった瓶をテーブルの上へ置き、丁度こちらを向いた先ほどのウェイターへ手で合図をしながら答えた。
「一年のうち半分近くは雨が降る熱帯雨林に囲まれているだもの。湿度50パーセントないしは60パーセントにも届くような気候を生き延びるために出来うる限りの快適さを追求する、という法則よ。」
友人は快活に笑い、なるほどね、と言ってから、次のようにまとめた。
「湿度60パーセントの法則ね」
友人の言い方に、彼女は声をたてて笑った。